テレビで見せた急激な変化を「ダイエット」と笑顔で語っていた金子哲雄さん。しかしその裏では、「いつ窒息死してもおかしくない」と宣告された末期がんとの壮絶な闘いがありました。なぜ病を隠し、亡くなる直前まで現場に出続けたのでしょうか。妻・稚子さんが明かす夫の覚悟と、病床で遺された「僕が守る」の真実です。

健康体の夫が、咳が止まらなくなった

金子稚子 金子哲雄
結婚前、稚子さんの仕事先であるJリーグクラブの試合観戦時に

── 『ホンマでっか!?TV』をはじめ、数多くのテレビやラジオに出演された、流通ジャーナリストの金子哲雄さん。がんの闘病生活を隠しながら2012年に亡くなる直前まで仕事を続ける道を選び、その生きざまは大きな話題を呼びました。まずは妻・稚子さんと哲雄さんの出会いからお伺いできますか。

 

金子さん:2001年、私がサッカー専門の編集者兼ライターとして忙しくしていたころ、後輩から「就職関係の単行本を作りたがっている人にアドバイスしてほしい」と頼まれ、会ったのが金子でした。オーバーアクションで慇懃無礼(いんぎんぶれい)、身振りも言葉も過剰で、違和感しかなく、第一印象は最悪でした。

 

── そんな出会いから一転、1年後に結婚されます。

 

金子さん:人の縁って不思議ですよね。3回目に連絡を取り合うころには気持ちが変わっていて、「この人と結婚するんだ」と確信しました。彼はマーケティング戦略が優秀だったのですが、それだけでなく、人生の戦略もしっかりしていた。私はうまく、そこに乗っかったのかもしれません。連絡をするなかで「金子はこの先、世に出る人だ」とわかったので、その戦略を一緒に練りながら、実現していく過程も楽しかったんです。

 

── 実際、結婚して約8年後の2010年時点で、哲雄さんはレギュラー番組を4本も抱えるほど売れっ子になりました。持ち前のキャラクターと、生活情報などを独自の視点でわかりやすく解説する姿は、多くの方の記憶に残っているかと思います。しかし、ご夫婦の長年の戦略がようやく実を結んだころ、哲雄さんに病気が発覚します。

 

金子さん:夫は普段から風邪もほとんど引かず、健康には相当な自信を持っている人でした。そんな人がずっと咳をしていて、病院に行って咳止めをもらっても治らない。「やっぱりおかしい」と、念のため近所のクリニックでCT検査をしてもらうことにしたんです。すると、私の仕事中に彼から電話がきて「末期の肺がんだった」「肺が真っ白だった」と告げられました。その知らせを聞いて、私も頭が真っ白に。その後、どうやって家に帰ったのかすら、記憶にありません。家に着いたら夫が号泣していました。

 

── その後、金子さんはがん専門の病院で再検査をされます。

 

金子さん:はい。改めて検査したのですが2011年6月に「肺カルチノイド(肺神経内分泌腫瘍)」という希少がんの末期だと確定診断されました。腫瘍の大きさは9センチ。気道を圧迫していて、呼吸量は健康な人の2、3割しかなく、医師から「次の瞬間、窒息死してもおかしくない状態」と言われました。

 

肺カルチノイドは肺がんに似ていますが、10万人に1人程度しか発症しない病気です。夫の腫瘍は進行し過ぎていて手術もできない状況、当時はカルチノイドには通常の抗がん剤も効かないと言われました。セカンドオピニオンを求めたり、専門書を2人で読みあさったり、有名大学病院の専門医のところにも行きましたが、有効な手立ては見つかりませんでした。

 

── 風邪症状だと思ったら、希少がんの末期…。目標を実現した矢先に、それは精神的にこたえますね。

 

金子さん:はい。何も進展がないまま日にちだけが過ぎていましたが、ある方から大阪の病院での血管内治療(カテーテルを使って腫瘍への血管を塞栓する治療)を紹介され、診断名がついた2か月後の8月から治療を開始しました。治療の甲斐があって、9センチあった腫瘍が4か月後には3センチまで縮小したんです。

 

窒息するリスクが減ったことで希望を抱きましたが、今度は骨が痛みだし、肝臓への転移も見つかりました。その後も肺に水が溜まり、10日ほど入院しましたが、このころから筋肉が落ちてげっそりと痩せてしまいました。