同棲相手の妊娠を知らないまま病院へ向かい、予期せぬ形で父親となったピン芸人・チャンス大城さん。しかし、酒への依存や浮気によって夫婦生活は破綻し、ある日帰宅すると「妻と息子と家具」が部屋から消えていました。過去の過ちを深く後悔する彼が、失った家族への思いと現在の境地を語ります。
病院で見た驚きの光景「昨日、生まれたんだよ」

── ピン芸人として遅咲きのブレイクを果たした大城さんですが、離婚歴があり、元妻との間にはお子さんもいらっしゃるそうですね。元妻とは、どのように知り合ったのでしょうか?
大城さん:芸人のBBゴローさんのライブの打ち上げで知り合いました。お互いにX JAPANが好きで意気投合し、交際して、一緒に暮らすようになりました。優しい人でしたね。僕にとっては初めての同棲でした。
── 同棲中、お相手の妊娠を知らないまま、息子さんの誕生を迎えたそうですね。
大城さん:お腹が大きくなっていたのには気づいたのですが、僕は太ったのだとばかり思っていて。「腹筋したら」みたいなことを言っていたんです。そうしたらある日、妻に「旅に出たい」と言われました。僕みたいな酒ばかり飲んでいる芸人といたらストレスも溜まるやろうと思って、引き留めませんでした。
しばらくして、僕の母から彼女が入院していると聞き、病院へ行ったら赤ちゃんが寝ていたんです。「昨日、生まれたんだよ」と言われました。婚姻届も用意されていて、僕が名前を書いて判子を押すだけになっていました。30分ほどの間に、夫と父親になったような感じでしたね。
── 赤ちゃんを見て、どんな気持ちになりましたか?
大城さん:嬉しいより先に目の前が真っ暗になりました。「俺、大丈夫なんかな。人間を育てられるんかな。どうやって稼いだらいいんやろう」と。父親になることが怖かったんです。
病院からの帰り道、コンビニで缶ビールを4本買って近くの公園で飲んだのを覚えています。真っ先に考えたのは、「子どもが生まれたら、安定した収入を得るために芸人を辞めなければいけないのかな」ということでした。今思えば、ひどい父親です。
── 30~40代はアルコール依存だったとのことですが、お子さんの誕生を機に、生活を改めようと思ったのでしょうか?
大城さん:普通ならバイトを掛け持ちするとか、たばこをやめるとか、何か努力をすると思うんです。でも僕は何もしなかった。結婚して子どもができても、ずっとふざけたままでした。父親になったプレッシャーや人間関係のストレスから、酒の量もさらに増えていきました。
── その後はうつ病を発症し、家への帰り道さえわからなくなった時期もあったそうですね。一方で大城さんの浮気もあり、夫婦関係も次第に悪化していきます。
大城さん:僕は家族に対してやるべきことを、何もやっていませんでした。酒ばかり飲んで、売れるための努力もしなかった。そのうえ、浮気までしました。妻の心が離れていくのは当然です。元妻と息子には、本当に申し訳なかったと思っています。
父から知らされた離婚とアパートからの立ち退き
── 離婚の話は元妻のほうからあったのですか?
大城さん:直接持ちかけられたわけではなかったんです。僕がライブの準備をしていたとき、尼崎にいる父から電話がかかってきました。妻が息子を連れて僕の実家へ行き、父に離婚したいと伝えたそうです。僕は父からその話を聞いて、初めて離婚の意思を知りました。
── その後、話し合いは十分にできたのですか?
大城さん:芸人仲間に事情を話して、ライブの出番を早めてもらいました。ネタを終えてすぐに自宅へ戻り、僕の実家からとんぼ返りしていた妻の前で土下座したんです。でも、妻は「もう、いい」としか言いませんでした。それでも僕はどこまでも甘くて、「離婚の話は、僕を反省させるための脅しやろう」と、自分に都合よく考えていました。実際、離婚届を書いたあとも、4か月ほど同じ家で暮らしていました。
── その生活が終わることを、どのように知らされたのでしょうか。
大城さん:ある日、妻から「3日後に立ち退きだから」と言われました。でも僕は半信半疑で仕事へ行き、自分の荷造りもしませんでした。
3日後に帰ると、電気が消えていて、部屋には何もありませんでした。妻と息子も、家具もなかった。僕の荷物だけが、廊下の突き当たりにまとめて置かれていました。そのとき初めて、本当に家族がいなくなったんだと思ったんです。
── 自宅もなくなっていたのですね。
大城さん:俳優の中井良さんに電話して、「今夜、泊めてくれへん?」と頼みました。レンタカーに荷物を積んで行ったら、「泊まるだけと違うやないか。引っ越しやないか!」と怒られて。それでも置いてくれたんです。本当に、いろいろな人に迷惑をかけ、助けてもらいました。
電柱の陰から保育園に通う息子の姿を見守り

── 家族と離れてから、息子さんの姿を見に行ったことがあったそうですね。
大城さん:芸人仲間のヘヴリスギョン岩月さんと、息子が通っていた保育園の近くで食事をしたんです。どうしても息子の顔が見たくなって、電柱の陰に隠れて待ちました。
しばらくすると、妻と息子が手をつないで出てきました。なんとも言えない気持ちが込み上げてきて、声はかけられませんでした。僕が出ていったら困らせると思ったし、ただ遠くから見ていました。
── その後、何年も経って、元妻の近況を人づてに聞いたそうですね。
大城さん:元妻が知人との打ち上げで、「私の元旦那、チャンス大城。『すべらない話』に出たことがあるんですよ」と話していたと聞きました。僕はずっと「あの野郎!」と恨まれていると思っていたので、そんなふうに話していたと知って、少しホッとしました。
ただ、本人に聞いたわけではありません。実際に僕をどう思っているのかは、わからないです。許してもらえたということでもないと思っています。
── 息子さんの成長した姿も、思いがけない形で知ることになったとか。
大城さん:落語会の前座でネタをしていたら、客席から突然「A君のお父さんですよね」と声をかけられたんです。驚いて、ネタが止まりました。その方は元妻と息子を知っていて、写真を見せてくれました。
別れたころは3歳だった息子が、ものすごく大きくなって、眼鏡をかけていました。「今はこんな感じだよ」と教えてもらって、びっくりしました。それと同時に、「悪かったな」と思いました。
申し訳ないという気持ちが、ずっとある
── 今、元妻や息子さんに対して、何かしたいと思うことはありますか。
大城さん:何かできることがあるなら、とは思います。でも、もし元妻に新しい旦那さんやお子さんがいたらと思うと聞けないですし、息子だって僕の顔なんて見たくないかもしれない。僕の「申し訳なかった、何かしてあげたい」という気持ちだけで押しかけたら、かえってややこしくなって相手の生活を乱してしまいますから。難しいですね。
僕はこれまで、ノリだけで生きて、相手と真剣に向き合ってこなかった。元妻と息子には申し訳なかったという気持ちはずっとあります。今は、自分にできることには、何でもひとつずつ真剣に向き合っていくことだと思っています。
取材・文:石野志帆 写真:チャンス大城