「優勝したのに、なんでバイトしてるんすか?」。後輩からの言葉が胸に突き刺さる──。2013年にキングオブコント王者となり、最高月収600万円を記録したかもめんたる・槙尾ユウスケさん。しかし栄光の陰で待っていたのは、仕事の急減、相方との10年に及ぶ不仲、そして生活のためにプライドを削りながら働いた不動産営業や再バイトの日々でした。
KOC優勝で最高月収600万「机の上には婚姻届が」

── 2012年に結婚、2013年9月にキングオブコント(KOC)で優勝したかもめんたる槙尾さん。仕事もプライベートもそのまま順調に進んでいくのかと思いきや、その後は予想外の展開になったと聞いています。まず、奥さんとの出会いから結婚に至るまでの経緯について教えていただけますか?
槙尾さん:妻とは飲み会で出会いました。自然と交際が始まって数年経ち、30歳を過ぎて結婚話が出てきましたが、僕としてはまだまだ踏ん切りがつかなったんです。芸人としてまったく売れてなかったし、バイト生活だし。でも彼女の立場だったら先行き不安ですよね。そこで「キングオブコントでファイナリスト8組に残ったら籍を入れる」と約束しました。優勝しなくてもファイナリストに残った時点ですごいと言われていたので、芸人として、ひとつ結果が出たらいいかなって思ったんです。ただ、そのかわり予選までの1年間は芸ごとに集中したい。結婚の話もしたくないし、彼女に気兼ねなく飲みに行きたいと伝えました。
── 翌年、2012年キングオブコントで予選を勝ち抜き、ファイナリストに進出。
槙尾さん:コンビ結成から6年で決勝に進めると思っていなかったので、すごく嬉しかったです。「よっしゃっ!!」と思いながら帰宅したら、机の上に婚姻届が置いてありました。「あ、そうだった。結婚するって言ってたな…」と思い出しましたが、約束していたし、結果も残せたし、そのまま婚姻届に名前を書きました。その年は優勝を逃しましたが、翌年2013年9月に優勝しました。
── キングオブコントで優勝して仕事や生活は変わりましたか?
槙尾さん:いきなり賞金が入ってきて名前も知られて、急に舞い込んだ幸せというか、夢の中にいるような感じでした。バイトを辞めて芸人の仕事だけで食べていけるようになり、たしか最高月収は500万か600万くらいだったと思います。
優勝後のバイトのほうが、明らかにつらかった
── 9月に優勝して翌年1月に第1子の息子さんが生まれました。
槙尾さん:僕としては優勝してすぐ産まれた感覚ですね。優勝した途端、今まで会えなかったような先輩から飲みに誘っていただいたり、プロデューサーから声が掛かったりと一気に世界が広がりました。「今こそ勝負を掛けたい!」、ここ一番の頑張りどきだと思いました。いっぽうで、優勝したときは奥さんのお腹が大きかったし、翌年子どもが生まれて家の中もバタバタしていました。せっかく先輩に誘ってもらっても「子どもが生まれたばかりで…」と断ることもあって、正直すごい葛藤がありました。
── 忙しいタイミングが重なったと。仕事が多忙な時期は、どれくらいで落ち着きはじめましたか。
槙尾さん:人に会う機会は増えましたが、仕事自体がめちゃくちゃ忙しかったのは一瞬でしたね。優勝して3か月後には落ち着いちゃいました。たとえばサンドウィッチマンさんやバイきんぐさんとかは、優勝してからしばらく休みがなかった。賞レースで優勝した人ってそんなイメージがあると思うんです。
でも、僕たちは当初から週1日くらい休みがあったし、飲みの誘いは多くても、仕事の忙しさは早々に落ち着いてしまって、「ちょっと聞いていたイメージと違うな」って思いました。それでもしばらくはどうにかなっていたんです。しかし、仕事はどんどん減るばかりで、子どもが2歳になる頃には、妻がパートに出るようになりました。
僕も当時のマネージャーさんに「何か仕事はないですか?」って相談しましたよ。でも、僕らのコントってテレビでは売りづらいと言われていて、それもわかるんです。シュールなコントが多くて、家族が見るような番組には使いにくい。そもそもネタ番組自体が多くない。試行錯誤で女装も試みましたが限界がありました。
先輩に相談すると、当時スギちゃんがブレイクしていたので、「スギちゃんの現場マネージャーの仕事ならあるんじゃない?今、地方営業も多いからいろんな地方に行けて楽しいかもよ」と言われました。本気なのか冗談なのかわからないですけど、僕が言ってる仕事はそうじゃないし。いよいよ生活が回らなくなってきて、再びバイト生活に戻ることも考えるようになりました。
── 再びバイト生活に戻ることについて葛藤はありましたか?
槙尾さん:もちろんありました。今でこそ価値観が変わってきましたが、当時は下積み時代も含め、芸人は芸事だけで食べていくのがカッコイイと思っていました。その後、優勝してやっとバイトから解放されたと思ったら、また以前の生活に戻るのかと。同じバイトをするにも優勝前と優勝後では気持ちが全然違う。優勝後のほうが明らかにつらい。頂点からどん底に突き落とされるような感覚でした。周りの目も気になりました。後輩から「なんで優勝したのにバイトしてんすか?」「もっと夢見させてくださいよ」とか、いろいろ言われましたね。
相方と不仲、子どもの成長…でもお金がない

── つらいですね…。
槙尾さん:それでも生活がありますし。結局、優勝から3年経ったあたりから、芸人を続けながら不動産の会社でも働くことになりました。ただ、事務のバイトで採用されましたが、途中から営業に回ってくれないか、と言われたんです。「キングオブコントで優勝した芸人が、不動産の営業やってます!」みたいな感じでやってくれないかって。
「当初と話が違うな」と思いましたが、しばらくは営業をやっていました。その後、会社の業績が悪化して人を減らさないといけなくなって、そのタイミングで僕も辞めることに。不動産の仕事自体はモヤモヤしていたものの、その仕事すらなくなってしまった。芸人の仕事はその頃には月1、2回程度。子どもはまだ幼いし、これからどうしようとかなり焦りました。外資系の会社の面接も受けましたが落ちました。
また、この頃から相方の岩崎う大との仲が悪くなっていきました。小さなすれ違いや、僕に対する不満も溜まっていたんだと思います。ある日、ラジオ番組でケンカしたことがきっかけで、10年くらいは関係性が悪いままでした。
不動産の仕事がなくなって、相方とも仲が悪い。子どもはどんどん成長してお金を稼がなきゃいけないのにまったく仕事がない。この頃が一番きつかったですね。親には「ほかの仕事もあるんじゃない?」と言われた気がします。妻もハッキリは言わなかったけど、家族を守るためにどんな仕事でもいいからやって欲しいと思っていたはずです。
── 現在は芸人を続けながら、間借りでカレー屋さんの店長をしているとのこと。
槙尾さん:その後、知り合いの紹介で、カレー屋の店長をはじめることになりました。今年で6年になります。ランチ営業のみで、他の時間は芸人の仕事をしています。不動産の仕事をはじめたあたりから、「芸人がほかに仕事をするなんてカッコ悪い」といった気持ちは薄れていました。今は飲食だけで月収20万〜30万入ってくるようになったし、芸人を続けながら生活もできています。家族には苦労をかけてばかりですが、自分ができることをやっていくのみだと思っています。
取材・文:松永怜 写真:槙尾ユウスケ