「転職を繰り返すのはよくない」──。その常識に苦しみながらも、電話対応や人間関係に耐えられず、7年で13回も職場から逃げて、逃げてきた30代のまっちゃんさん。履歴書を職歴で埋め尽くした彼が、13社目にしてようやく出会えたのは、重いカーテンで区切られた理想の空間でした。「合わない場所から離れて正解だった」と語る、これまでの葛藤を聞きました。
安定の事務職も「電話対応が怖くなって」

── まっちゃんさんは、みずからの転職体験や口臭の悩みをメディアプラットフォーム「note」で精力的に発信しています。まず驚くのが、その転職回数です。大学を卒業後、20代のうちに13社を渡り歩いたそうですね。
まっちゃんさん:履歴書を書くと、職歴欄がびっしり埋まります(笑)。正社員、派遣、アルバイト、期間工…。この転職歴を見ると「社会人として、あまりにもダメなんじゃないか」「忍耐力がなさすぎる」と思われるでしょうね。もちろん、望んでこうなったわけではありません。自分としても「正社員として安定した条件で長く働き、いずれは家庭を持ちたい」という気持ちはずっとあります。
── どんな理由で転職してしまうのでしょうか。
まっちゃんさん:振り返ると、会社をやめた原因としては「人間関係でのストレス」と「事務職への苦手意識」が大きかったです。2019年に大学を卒業して最初に入社したのは、地元の健康保険組合でした。安定した職場に事務職として採用されてラッキーなはずが、狭いオフィスで性格のきつい先輩2人の板挟みになってしまって…。
「もうムリ」と思ってやめてしまいました。僕の後任になった方もその先輩2人との関係に悩んで仕事を辞めたそうなので、変に我慢して残らず正解だったとは思います。その後、2つのアルバイトを経て、派遣社員として銀行の設備管理の仕事をしたのですが、そこでは自分が決定的に事務職に向いていないことを自覚しました。
── デスクワークでノルマに悩まされることのない事務職は、募集枠より希望者が多い人気職ですが、何がつらかったのでしょうか。
まっちゃんさん:学生時代はずっと運動部に所属して体を動かしていたこともあって、1日中デスクに向かって書類の細かい数字をチェックする作業に集中できないんです。
とくに苦手だったのが電話対応です。受話器越しに相手が話す内容をうまく整理して、記憶することがどうしてもできなくて。聞き取れなかった部分を曖昧にしたまま電話を切ってしまうことが多かったんです。上司に「さっきの電話の用件は?」と大事な要件の詳細を聞かれても正確に伝えられず、厳しく叱られたこともありました。電話の呼び出し音が鳴るたびに心臓がギュッとなって、冷や汗をかいていましたね。
「なんか怒らせている?」と過剰反応してしまう
── 事務職が苦手と意識してからは、どんな仕事をするようになったのですか。
まっちゃんさん:工場での作業など、体を動かす仕事です。もともと体育会系だったこともあり、そうした仕事のほうが自分には向いています。
── にもかかわらず、その後も転職を繰り返したのはなぜでしょう。
まっちゃんさん:作業系の仕事でも人間関係というのはなかなか切り離せないもので…ストレスを感じることが多かったです。直属の上司が気分次第で理不尽に叱ってくる「パワハラ」があったり、まわりの人の性格がよくてもチームで息を合わせて作業しなくてはならない環境に息苦しさを感じたり…。
── 人間関係にストレスを感じるのは何か理由があるのでしょうか。こうやって会話をしていても、明るいトーンでわかりやすくお話をされていて、コミュニケーションそのものが苦手なタイプとは思えないのですが。
まっちゃんさん:話すことそのものは、面接でほめられることさえあり、むしろ得意なほうかもしれません。ただ、小さいころからまわりの人の顔色や空気を敏感に察知しすぎてしまう性格で。上司や同僚がため息をついたり、貧乏ゆすりをしたりするだけで、「自分が何かミスをして怒らせているんじゃないか」「自分のせいで職場の空気を悪くしているのではないか」と気をつかってしまうんです。
口臭の悩みがあることも災いして、心をすり減らし、会社から帰宅する頃にはどっと疲れる、そんな毎日でした。
── 人間関係が苦手だと自覚してからは、どのような形で職場を探すようになりましたか。
まっちゃんさん:工場勤務の場合、派遣社員や期間工という待遇が多いのですが、「30歳までには正社員として採用されたい」と思い、求人サイトで「正社員」「1人作業」「黙々とやる仕事」というキーワードでひたすら検索しました。
13社目で納得の職場に「居場所は必ずみつかる」

── 今、やっと落ち着いた環境で働けているそうですね。どんな職場なのでしょうか。
まっちゃんさん:工場で「フィルムスリッター」という機械を使って、ロール状に巻かれた大きなフィルムを指定サイズに切り、再び巻き取る仕事をしています。重いカーテンで区切られたほぼ個室のような空間でひとり作業をする、僕にとっては理想的な環境です。隣の様子はわかるけれど、干渉はされません。他人の顔色や電話対応におびえることなく、自分のペースで作業に没頭できます。
休憩も1人で取れます。上司とはあいさつはするけれど、踏み込みすぎず、離れすぎない、ちょうどいい距離感を保ってくれています。
── いまの職場ならずっと働けそうですか。
まっちゃんさん:「仕事に行くのが嫌だな」と思わなくなったのはここが初めてです。ずっとこの職場で働けたらいいと願っています。ただ、正直、給料はそんなによくありません。できればもうひとつ収入の柱がほしい。そこで始めたのがnoteでの情報発信です。目標は2027年3月末までに無料記事1000本アップして、お盆には有料コミュニティを開設すること。同じように人間関係で悩んでいる人と、解決策を共有できる場所を作りたい。
── 職場の人間関係に悩み「自分はダメなんじゃないか」と感じている人はたくさんいるかと思います。
まっちゃんさん:同じ場所にとどまり続けることだけが正解とは限りません。合わない仕事や環境は、いくらがんばっても合うようにならないんです。しんどかったらムリせず、逃げていい。僕は職場を転々としたことで、理想的な居場所を見つけることができました。合わない場所からいったん離れてみて、初めて見えてくる景色がある。そんなふうに自分の経験から思います。
取材・文:鷺島鈴香 写真:まっちゃん