80年代、おニャン子クラブの衣装として注目を集め、一大ブームを巻き起こしたアパレルブランド「SAILORS(セーラーズ)」。近年も話題のドラマで扱われ人気が再燃。いまも大量生産の依頼を断り、こだわりを持って製作する姿がファンの心をつかみます。デザイナー兼社長の三浦静加さんに大物ファンとの交流からブランドに込めた思いまで、話を聞きました。
『夕やけニャンニャン』から無茶振りなオファーが

── 80年代に一大ブームを巻き起こしたアパレルブランド「セーラーズ」。もともと『JJ』などのファッション誌に取り上げられ、次第に全国区で知られるようになった頃、テレビ番組『夕やけニャンニャン』から衣装の依頼が来たことが、大ブレイクのきっかけになったそうですね。
三浦さん:セーラーズの人気を聞きつけたテレビ局のディレクターさんから、番組で生まれたアイドルグループ「おニャン子クラブ」の衣装としてセーラーズを使わせてほしいと連絡が来て「予算1人1万円で月に2ポーズを隔週で着せたい」と言われました。
最初は、メンバーが20人以上もいるので一気にその数を準備することは難しいと思ったんですよ。というのも、予算的にオリジナルで隔週つくるのは不可能だったので2度も断ったんです。でも、若い女の子たちがかわいく見えるような服を着せたい気持ちもあって、3度目のお願いをされたときには引き受けることにしました。そして、店頭にある既製品からセレクトして衣装を準備しました。じつはデビュー時に彼女たちが着用したショートパンツは男性用のトランクスだったり、そもそも1商品につき2~3枚しか店に置いていなかったので色違いのトップスをあえて着せたりして、カラフルにコーディネートしていました。それがかえって新鮮に思われたのかもしれません。
── そして、おニャン子クラブのデビュー曲『セーラー服を脱がさないで』が大ヒット。衣装のセーラーズも注目を集め、お店にお客さんが殺到することになります。
三浦さん:全国から人が押し寄せて「セーラーズはどこですか?」と交番に1日に何十人もたずねてきて仕事にならないから地図を持ってきてと言われてね。渋谷のハチ公前交番と二又交番に、地図を置いてもらっていました。毎日、店の外には行列ができましたが、9坪の広さですから、1日2000人が限界でした。
1回に40人ずつ入店して、入店時間はひとり15分、15歳未満は保護者同伴、お買い物はひとり15万円までというルールを作りましたが、品出ししているそばから商品が売切れていく状態でした。
── 当時の年商は28億円だったそうですね。
三浦さん:レジ打ちするアルバイトの子たちが腱鞘炎になるほどフル稼働して、売上金がレジに収まらないから段ボール箱に入れていく状態。その頃長者番付で大物芸能人の方の納税額も公開されていましたが、その年私は1位の方をはるかに上回る7億3000万円納税していたんですけど、税理士さんに「大企業並みの納税額ですよ」と言われました(笑)。
世界中のセレブからも愛されたセーラーズ
── セーラーズは、あのスーパースター、マイケル・ジャクソンも愛していたことで知られています。三浦さんはほかにも80年代を代表する数々のセレブリティとの交流もあったそうですね。
三浦さん:スティービー・ワンダー、ホイットニー・ヒューストン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジャッキー・チェン、シルベスタ・スタローン…たくさんの方がセーラーズを愛してくれていました。スティービーは友人を介して出会ったのがきっかけで、来日した際にコンサートに呼んでもらいました。代々木体育館で、ファンの反応を見て「こんなにすごい人だったんだ」と、そのときはじめて知りました。
視覚にハンディキャップを持つ彼は仕事柄「耳だけはとくに大事にしたい」という理由で耳元をカバーできるようにフードつきのものをいつもリクエストしました。そのとき彼のプライベートに密着取材する番組があって、映像を見ると私服が全部セーラーズだったんですよ。彼のステージでの衣装を担当されていたのは山本寛斎さんだったのですが、プライベートはセーラーズの服で。注目を集めていることをマスコミの知人から聞いて、「すごいことだよ」と言われたのを覚えています。
また、アメリカに住んでいた日本人の友人がセーラーズを着てマクドナルドにいたら「ジュディ(三浦さんのニックネーム)を知ってるよ!セーラーズは僕らのプライドだからね」と、スティービーの会社の社長でもあるお兄さんに声かけられたそうで、それを聞いて嬉しかったですね。
── 香港映画の大スター、ジャッキー・チェンのスタッフジャンパーも作られたそうですね?
三浦さん:当時お友だちだった歌手・西城秀樹さんのアジアツアーで香港へついて行ったときに会うことになり、そのときに「ぜひセーラーズでスタッフジャンパーを作りたい」といわれました。名前を漢字で書くと「成龍」なので、龍の文字が入ったものを私がデザインしました。マニアックなジャッキーファンの方はそのジャンパーのことをご存じで、「復刻販売してほしい」と、今でも言われます。
「ふてほど」にパロディが登場したまさかの理由
── 元大相撲力士・小錦さんの化粧まわしを担当したり、人気ドラマ『毎度おさわがせします』の衣装として登場したり、全日本女子プロレスブームで大活躍していたスターのみなさんも着ていたりと、本当に80年代のファッションアイコンでした。
三浦さん:ドラマに登場していた木村一八さんやダンプ松本さん、クラッシュ・ギャルズが着ていたセーラーズは衣装ではなくて自前なんですよ!
── そうだったんですね?プライベートでのお気に入りをドラマで着ておられたわけですね。
三浦さん:そうみたいです。ちなみに、全女のスタッフジャンパーも制作したことがあるんですけど、当時、全日本女子プロレスの事務所が目黒にあって、何度もたずねたことを思い出します。
近年Netflixのドラマ『極悪女王』のヒットで、再注目を集めているクラッシュ・ギャルズの長与千種さんとライオネス飛鳥さん、極悪同盟のダンプ松本さん、ブル中野さんなどとは最近も交流があって、ダンプ松本さんの40周年イベントではコラボアイテムも作りました。
── ドラマ『不適切にもほどがある!』では、偽物「セイヤーズ」が登場。コラボして話題になっていましたね。
三浦さん:正直に言うと、最初セーラーズの許可なく、偽物(パロディ)「セイヤーズ」が作られてドラマが進行していたんですよ(笑)。友人の川崎麻世さんからの「ドラマ見た?」って連絡で知りました。その後、テレビ局から連絡が来て撮影現場の緑山スタジオにお邪魔することに。
そうしたら、プロデューサーさんが飛んで謝りにきてくれました(笑)。脚本を担当した宮藤官九郎さんとも電話越しに話して、「当時、通販でセーラーズを購入しました!」って言うから、「当時は通販していなかったんですよ」と話すと、驚いていて、まさにドラマと同じく偽物を買ってしまっていたのかもという展開にみんなで笑いました。
ドラマはすごく話題になり、セーラーズを知らない若者はセイヤーズを先に知ることになって、そこから前代未聞ですけど偽物の「セイヤーズ」とコラボすることになりました。なんとコラボ商品は販売開始90秒で完売。楽しんでくれた人がいるのならもう、万事オッケー!
また、最近ではリカちゃん人形とのコラボも実現しました。セーラーズを着るリカちゃんが好評で、のちにコンビニの一番くじでもリカちゃんコラボすることに。どれも想像していなかった機会をいただいてがんばってきたご褒美をもらったような気分です。
何か恩返しできることを考えていたとき、能登半島地震で被災したお子さんたちにセーラーズのリカちゃんとTシャツを届けることもできました。そして、今年の7月に発生した熊本地震で被災された方にも何かできないかと考え、児童福祉施設、障害者施設のスタッフのみなさんにセーラーズのTシャツを無償でお届けしたいと考えているところです。
「職人さんが辞めたら店も畳む」気骨ある経営哲学

── 幼い頃にセーラーズに憧れていて大人になった人たちが、今「買いたい」との声を受け、近年はオンラインサイト・BASEで不定期に商品を販売されているそうですね。
三浦さん:ほかにも、ポップアップストアを開催して直接お客様にお会いすると、「大人になって買えて嬉しい」と言ってくれる方ばかりで、いつまでもファンがいてくれるのはすごいなと思うと同時に、感謝でいっぱいです。そういう方が芸能界にも多数いらして、今活躍している方たちがセーラーズを着てくれて令和でも話題にしてくれることもありがたい限りです。
40年前のクオリティを落とさないよう、工場と職人にこだわって今もメイド・イン・ジャパンで製作しています。いく度となく安価な大量生産の話も来ましたが断り、自分のやり方だけでやってきました。現在、私も73歳。職人の高齢化も進み、製作をお願いできる工場も残り1軒となり、なんとか連携して受注生産をしている状況です。
そこの職人さんも「残りの人生、三浦さんにあげる」と、セーラーズに人生をかけてくれて。「あなたが辞めるときは私も店をたたむとき」という関係性で、みなさんの声に応えてがんばっているところです。40年前から変わらないものを大切にしながら、これからもセーラーズを愛してくださる方たちに届けていきたいと思っています。
取材・文:加藤文惠 写真:三浦静加