「マイケル・ジャクソンと17回も会ったことがある日本人は、なかなかいないでしょうね」と話すのは、80年代におニャン子クラブの衣装で一躍、大人気となったアパレルブランド「SAILORS(セーラーズ)」のデザイナー兼社長の三浦静加さん。2026年6月に公開されたマイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』も大ヒットしてマイケルのブームも再燃する中、貴重な秘話を伺いました。

「マイケル誰?」から始まった壮大な交流

マイケル・ジャクソンからコンサートに招待されたときのバックステージパス

── 80年代に一世を風靡したアパレルブランド「SAILORS(セーラーズ)」。海外アーティストからも熱い支持を受けましたが、デザイナー兼社長の三浦静加さんとマイケル・ジャクソンとも親交があったそうですね。最初の出会いは、突然のジャンパー制作の依頼だったとか。

 

三浦さん:そうなんです。当時、渋谷にあったセーラーズのお店に「ジャンパーを作ってほしい」というマイケル・ジャクソンサイドからの電話があったんです。でも、そのとき私は地方に出張中で。店長から興奮した声で「マイケル・ジャクソンから電話があった!」と連絡を受けたのですが、じつは私、マイケル・ジャクソンを知らなかったんですよ(笑)。東京に戻ると店長や縫製工場の社長、刺繍職人など全スタッフが揃って待ち構えていて、事の重大さを知りました。

 

当時、来日していたマイケルが新聞で、たまたま幼児の誘拐事件が日本で起きていることを知り、犯人が捕まっていないことに胸を痛めたそうなんです。「何か協力できることはないか」と考え、当時日本で人気だったブランドのジャンパーにメッセージを入れて、日本滞在中に着ることで、事件に関心を持ってもらおうということになり、セーラーズに白羽の矢が立ったわけです。

 

動物愛護の精神が強かったマイケルからは、「レザーやウールは使わないでほしい」というリクエストもありました。素材選びも慎重にしなければいけませんでした。しかも、納期はわずか3日。最初は「さすがにムリです」と、お断りしようと思ったんです。でも、「マイケル・ジャクソンからの依頼なら、受けたほうがいい!」と、店長も工場も職人さんも、がぜんテンションが上がって(笑)。工場のほかのラインを止めてマイケルのジャンパーのために稼働。職人さんたちには徹夜で作業してもらい、なんとか3日で間に合わせてくれたんです。

 

── 店長さんたちの反応からも、マイケルが当時スーパースターだったことが伝わってきますね。そのジャンパーをマイケル本人に渡したとき、どんな様子でしたか?

 

三浦さん:滞在先の大阪のホテルへ直接お届けに伺いました。部屋に通されると、まず出迎えてくれたのは背の高い、ボディガードを長年務めていたビル・ブレイでした。部屋にいたマイケルは、私のほうへ歩いてきて「ハァイ!」と、か細くてとってもやさしい声で挨拶してくれました。同時に、握力の弱い、フワッとした握手も印象的で、「あまりステージ以外でエネルギーを使いたくない人なのかな」と思ったほどです。

 

部屋にも驚きましたね。サイドテーブルには、水の飲みかけが入ったグラスがいくつも並んでいて、ホテルの備品には、そこら中にミッキーマウスのシールが直接貼られていました。どうやら本人が貼ったみたい。部屋にはぬいぐるみもたくさん置いてあったので、「ミッキーマウスが大好きなんだな」と思いました。

 

そして、持参したジャンパーをマイケルに着せようとしたら、袖に腕を通すときに、マイケルが手をパーにして開くんですよ。それで袖口に手が引っかかってしまって(笑)。思わず「やーだもう、ちゃんと着てよ(笑)」って、背中をポンと叩いたんです。そうしたら、周りにいたボディガードたちやマネージャーが一瞬ざわついて(笑)。

 

本人は笑顔でしたけど、ビル・ブレイに「世界のマイケルを叩くなんて、あなただけだよ」と言われました。あと、靴下が白のスポーツソックスだったから「赤のジャケットには赤い靴下のほうが似合うよ」なんてアドバイスもしましたけど、ファンのみなさんならご存じのとおり、白い靴下はマイケルのトレードマーク。そんなことも知らないからふつうに口出ししてしまっていましたね。

大物相手でも何かをねだることはしない

── むしろ特別扱いしない三浦さんのことをマイケルも気に入ったのではないでしょうか?

 

三浦さん:以降、来日のたびに何度も呼ばれて会いましたから、そうなのかなぁ。もちろん最初にご依頼いただいたジャンパーのお代もいただいていますし、それが最後だと思っていましたけど。セーラーズを気に入ってくれて本人が「お店に行きたい」と言ってくれたこともありました。警備上、来店が難しくて叶いませんでしたけれど。

 

でも、お姉さんのラトーヤがお店に来て、自分のものだけでなく、甥っ子たちや家族の服まで160万円くらい買ってくれて。今思えば今回の映画『Michael/マイケル』でマイケル役を演じた甥っ子のジャファーも、家族のお下がりとかで着ていたかもしれませんね。

 

コンサートにも招待されて、そのときのバックステージパスが今でも手元にあります。当時、幼稚園児だった私の甥っ子2人にマイケルと同じジャンパーを着せて連れていったら、「ステージに上がっておいで」という合図をして呼んでくれて、子どもたちは思いがけずステージに立たせてもらったことも。また、ビル・ブレイがステージ上から「あとで、電話する」と電話を掛けるジェスチャーをしてきて、そのあと電話をもらい、滞在先のホテルに遊びに行かせてもらいました。

 

── すごいですね。お会いしたときはどんな会話をされたのですか?

 

三浦さん:2度目に会ったときには「私はあなたから欲しいものは何もないですよ」と言ったのを覚えています。スーパースターに何かお願いしたり、サインが欲しいとねだったりする人も多かったので。17回もお会いしていますが、サインをもらったことは1度もありません。写真はお会いするたびに撮ってくれました。マイケルは人の肩に手を回して写真を撮らないらしいのですが、私の場合ほとんど肩にかけてくれました。今思えばすごく親しみを持ってもらえたのかな。

スリッパでおちゃらけるマイケルの素顔

セーラーズ
3日で仕上げたマイケルからのオーダー製品

── 三浦さんから見て実際にお会いしてどんな人物でしたか?

 

三浦さん:一緒に部屋を訪れた友人がキデイランドで買った怪獣のスリッパをプレゼントに持っていったら、マイケルに大ウケしたことがありました。グリーンのぬいぐるみのようなスリッパで足をすっぽり入れるタイプのもの。歩くたびにビービーと音が鳴るんですよ。それをはいて部屋中をガオガオと言いながら歩き回って。ビル・ブレイも、「マイケルはしょうがないやつだ」という表情で笑いながら見守っていました。すごく無垢な子どもみたいな人だなと思いました。

 

あるときはナッツを手のひらいっぱいに握り、それを口に近づけてモグモグしながら、片手に持ったオレンジジュースを飲み、姿見の前でリズムを取って自己陶酔するように、踊っていたこともありました。周りを気にせず、自分の世界観を持っている様子も垣間見たような気がしました。

 

── マイケルはどんな商品を購入されたのですか?

 

三浦さん:マイケルのほうから「ファンが着ていた黒とゴールドのジャンパーを見たんだけど、欲しい」といわれて「そんなのあったかな?」と思っていたんですけど、ゴールドではなくて黄色のことだと判明して、黒と黄色でデザインされたスタジャンをお届けして購入してくれました。

 

── そして、マイケルにプレゼントしたセーラーズのスタジアムジャンパーが、オークションにかけられたそうですね?

 

三浦さん:そのように、いつも購入してくれるマイケルに、色違いの赤いスタジャンに漢字で魔異蹴留(マイケル)と刺繍してプレゼントしました。それが数年前に海外のオークションに出されて約400万円で落札されていました。そして今年の10月1日にまたロンドンのオークションに出品され、今度は約1200万円(56,700ポンド)で落札されました。映画公開でマイケルブームが再燃したこともあると思いますが、根強い人気とファンの健在を改めて感じました。時代を超えて世界でセーラーズを注目させてくれたマイケルには感謝しかありませんね。

 

実際、映画『Michael』の大ヒットで、世界中から問い合わせが来たんですよ。「今でもマイケルの着ていたスタジャンは買えるのか?」って。大量生産はできないのですが、そんな声にお応えして9月に受注販売を行ったところです。

 

── 2009年のMTV Video Music Awardsでマイケルを追悼したマドンナが、かつて2人きりで夕食に出かけたときの思い出を語っていました。まさにそのデートのときに撮られた写真で、セーラーズを着ているマイケルの姿が残っていますよね。

 

三浦さん:そうなんです。その写真をマドンナがSNSにあげてくれて。プライベートでもセーラーズを愛用してくれていたんですね。以前、こんなこともあったんです。マイケルファンの日本人がネバーランド(※マイケル・ジャクソンが所有していた米カリフォルニア州の広大な邸宅兼施設)に全身セーラーズを着て日本から突撃訪問して、「セーラーズの商品を持参した」と入口で言ったら、私のスタッフだと信じて中に入れてくれたそうなんです。偶然、妹のジャネットがいて、プレゼントした服を着てくれて、レコードジャケットにサインまでしてくれたと、その子が後にお店に報告に来たんですよ。証拠の写真も持ってきて、「勝手に名乗ったのを許して」って(笑)。

 

その子もジャネットも喜んでくれたと思うと、許すしかないですよね。顔パスじゃないけど、セーラーズパスでネバーランドに入れるなんて、つくづく信頼してもらっていたんだなと思うできごとでした。

 

映画での人気再燃もそうですが、令和でもマイケルの人気が衰えないことはすごいなと感じます。実物を見ていない世代の子がファンになっちゃう。マイケルの思い出とともにセーラーズを思い出してくれる人や、新たに関心を持ってくれる方がいることが、心からうれしいです。

 

取材・文:加藤文惠 写真:三浦静加