骨形成不全症という先天性の指定難病で生まれた秋山大輝さん。赤ちゃんの頃から、定期的に点滴治療を受けていました。そんな大輝さんは1歳10か月のころ、妊娠中で心身ともに弱っていた母・伴子さんの涙を見て驚きの行動を見せたそう。その行動が伴子さんの心に灯りを灯し、気持ちを奮い立たせたといいます。
涙をこぼす母を見て1歳10か月の息子が取った行動

── 大輝さんは、2005年、骨形成不全症という指定難病で生まれてから、年に3、4回ほど骨を強くする点滴治療を受けているそうですね。
伴子さん:はい。赤ちゃんの頃から定期的に点滴治療をしてきました。小さな子どもへの点滴は、見ているだけで胸が痛みましたが、点滴治療に慣れたのか針を刺しているときもおしゃべりするようになっていました。
そういえば、大輝が1歳10か月の頃、今でも忘れられない出来事がありました。いつもの点滴治療が終わった後、初めて発熱し、退院が延期になりました。当時、私は2人目を妊娠していて、妊娠6か月目でした。大輝は、熱のせいか、ずっとぐずってばかりでようやく寝たと思ってもすぐ泣いて起きてまたぐずる。抱っこしても泣きやまず、私は疲れもピークになり、ボロボロと涙が出てきたんです。
すると、目の前で私の涙を見た大輝がピタッと泣き止んで。私の顔をジーッと見た後、近寄ってきて、ひざに顔をすりすりとこすりつけ、私をなぐさめるような仕草をしたんです。私はびっくりすると同時に、自然と涙も止まって、救われたような心強い思いをしたのを覚えています。
── 今の大輝さんの性格は、赤ちゃんの頃から培われたものなのですね。
伴子さん:そうかもしれませんね。大輝は今もずっと明るく優しい性格で、人と関わることが大好きなんです。6歳から通い始めた特別支援学校で初めて同い年のお友達が2人できたときは、それはそれは嬉しそうにしていました。毎朝「早く行こう」って張りきって登校していましたね。私も、そんな大輝の姿を見られて感慨深かったです。
── 2歳年下の妹さんとも仲がいいそうですね。
伴子さん:はい。娘は小さな頃からとてもお世話好きな女の子で、大輝が4歳、娘が2歳のころ、寝るときにタオルケットを大輝にかけてあげて、とんとんって優しく大輝の体でリズムをとりながら寝かしつけてくれたこともありました。大輝も寝かしつけられて先に寝ちゃうという(笑)。ふたりのそういう姿が本当に愛らしくて。
あと、これは私たちを取材してくださった記者の方から聞いた話なのですが、大輝が小学生だった頃、出かけるときに、車いすに乗った大輝を囲んで家族で買い物をしていたら、小さな子たちが大輝をチラチラ見るようなことがあったそうなんです。そんなとき、小1の娘が小3の大輝の前に立って、大輝が好奇の目にさらされないようにかばっていたと。私と夫が気づかない間にそんなことがあって、その話を聞いたときは、娘の優しさに涙が出ました。
たまには口ゲンカをすることもありますが、ちゃんと相手のことを思ってくれているんだと思えた出来事でした。
── 伴子さんは、ふたりのお子さんを育てながらお仕事をされていたのですか?
伴子さん:大輝が小学生の頃までは、病院で医療事務や経理の仕事をフルタイムでしていました。でも、決算時期などは残業が多くて、子どもたちが寝静まった後の帰宅が続くこともありました。子どもたちは、私が帰宅するといつも学校であったことをたくさんお話してくれて。にこにこ笑顔で話してくれる子どもたちの笑顔で、私も疲れが吹き飛んだことを覚えています。
いっぽうで、私が残業で帰りが遅くて会えない日などは、デイサービスで反抗的な態度を取ることもあったと、後日職員さんから聞きました。「リハビリするよ~」の呼びかけに対してムスッとしていたそうです。
もちろん収入は大切ですが、子どもたちと過ごす時間をもっと大切にしたい。そう思って、大輝が中学2年生の頃に退職し、専業主婦になりました。
病院で働いていたときは、授業参観でも私だけが制服姿で行って、授業後、ほかのお母さんたちが子どもと手をつないで帰るなか、「ごめんね、仕事に戻らないといけないから」と言って、ひとりでバタバタと学校を出ていたんです。いつも後ろ髪ひかれる思いだったので、退職してホッとしたところもありました。
退職した矢先、コロナ禍の影響で休校になり、学校行事に参加できない時期が続きましたが、子どもと並んで絵を描いたり、マンガのキャラクターのクイズを出したり、一緒にお好み焼きを作ったり、子どもたちと一緒にゆっくり過ごす時間が取れたことは嬉しかったです。 私が仕事を辞めてからは、デイサービスでの反抗的な態度もなくなったと聞き、やはりどこか私が長くそばにいることで心が安定したのかもしれないと感じました。