無理していたけど…やっぱり「しんどかった」

ハライチ 澤部佑
バスケ番組のロケでロサンゼルスに、念願のNBA初観戦をする前

── やられている側が周囲に気まで使わないといけなかったんですね。そもそもいじりの域を超えているように感じますが、いじめとは思わなかったのでしょうか?

 

澤部さん:僕に仕掛けている人たちは、「いじめ」の感覚はなかったでしょうね。僕自身は「いじり」か「いじめ」かはわからなかったけど、とにかくずっと嫌でした。でもきっと、自分もいじめられているって認識したくなかったんですよね。周りにバレないように、表面化させないように明るく振る舞っていました。

 

それに、当時から「将来お笑い芸人になる」と宣言していたので、「いじられても笑いに変えて振る舞おう。素人の高校生のいじりを返せないようじゃ、将来プロとしてやっていけないぞ」って思うようにしていました。

 

でも、やっぱりしんどいんです。当時はその感覚すら曖昧でしたけど、今思えば、無理していたんだと思います。

 

── 周りに相談することはありましたか?

 

澤部さん:なかったですね。家が近所で、一緒に自転車通学している友達もいたんです。まぁまぁ仲がいいと思っていましたが、僕がヤンキーにいじられているときもその人は一緒になって笑っていたし。中学の友人とも会っていなかったので。

 

でも、あとになって相方の岩井に言われたことがあったんです。「いつ遊びに行っても中学時代のジャージを着ていたから、当時の楽しい思い出に包まれたかったのかなって思った」って。自分ではそんなつもりなかったんですけど、無意識に過去にすがっていたのかな。

 

岩井は高校の文化祭でブレイクダンスを踊って脚光を浴びていたほか、中学時代の友達も部活で活躍している話を聞くことがあって。それなのに僕は部活を辞め、バイトも続かず、家でアニメの再放送を見たり、カップラーメンを啜ったり。今思い出しても、「何してたんだ…」って感じです。

 

結局、高校2年生くらいから学校をサボる日が増えていきました。当時は親にも、何も言わなかったです。親はどこまで把握していたかわかりませんが、後から聞いたら「大丈夫かな」と心配してくれていたみたいです。

 

── 高校卒業後、当時の同級生と会うことはありましたか?

 

澤部さん:まったくないですね。偶然、街で会うことすらなかったんじゃないかな。一斉メールで同窓会の誘いは来ましたよ。芸人になってちょっとテレビに出だした頃ですが、「爆笑レッドカーペットや、行列のできる法律相談所に出ているハライチの澤部くんも来ます!」って勝手に書かれて。行かなかったですけど。ほかの人からの連絡も返さなかったですね。

父親になった今、子どもに願うことは

── 今は芸人として冠番組をいくつか持つほど活躍し、結婚して家族も持ちました。当時の同級生に言いたいことはありますか?

 

澤部さん:とくにないですね。いまさら謝ってくれとは思わないですし。芸人になって思ったのは、先輩や同期から受ける愛のあるいじりは、こんなに違うんだなって思いました。もちろん、芸人でもいじられ慣れていない人はしんどくなるので、気をつける必要はあるんですけど。芸人はお客さんを笑わすためにやってるような共通のゴールを感じるんです。話の流れを汲んで、笑いのテクニックを駆使しているから嫌な気持ちにならないというか。

 

── 共通のゴールがあるというのは、高校時代に受けた執拗ないじりとは全然違いますよね。澤部さんは現在、小学校に通う3人のお子さんがいらっしゃいます。もしお子さんたちがこの先誰かから執拗ないじりを受け、つらい思いをしていたら父親としてどう思いますか?

 

澤部さん:戦ってほしくはないですね。「逃げ出したほうがいいよ。親に頼ってくれよ」って思います。僕自身は親に言わなかったし、言いたくない気持ちも、もちろんすごくわかるんだけど。でも、親の立場になると、矛盾しているかもしれませんが、ただ逃げて。そして、いじめる側にならないでと。ただそれだけを願っています。

 

取材・文:松永怜 写真:澤部佑