人を疑っていた自分を恥ずかしいと思えた

── かなりの行動力というか、決意を感じます。
ヨシダさん:一刻も早く東京を出たかったことが大きいですけど、引っ越し自体には慣れていたんですよね。21歳で初めてひとり暮らしをしてから、今まで20回いかないくらいは引っ越しました。一か所に2年以上住んだことはあまりないかもしれません。「気分が変わった」「飽きた」という理由から、新築なのに雨漏りするとか、古いマンションだったので取り壊しになり、引っ越さざるを得なかったときもありました。
ただ、屋久島はこれまでと違って離島ですし、さすがに多少の不安はありました。でも、それ以上に期待が大きかった。屋久島に行けば人間関係の不信感も払拭されるような、根拠のない自信もありました。
── 実際、移住してみていかがですか?
ヨシダさん:東京では見たことのない虫が毎日出るし、大雨になると停電することもあるし、悪天候が続いて島のスーパーから食糧が数日消えることもあります。でも、アフリカやアマゾンでは、1週間以上荷物が届かないこともあるし、船が出ないこともあります。それに比べたらインフラはしっかり整っているので快適に過ごせています。
それに、屋久島在住ですが、仕事では東京に行く機会が多いんです。今は東京に家はないですけど、2拠点生活みたいな感じです。屋久島では自然豊かでのんびりとした環境に身を置いて、心を静めたり、集落の人たちと話をしながら心を癒してもらってます。近所で仲良くなった人の農作業の手伝いをすることもあります。東京ではフォトグラファー・ヨシダナギとして真摯に仕事に取り組む。私にはこの環境が、すごく合っていると思います。
活動の仕方は東京にいたときとあまり変わらないかもしれません。もともと東京に住んでいたときから、仕事で国内外飛び回っていたので。
── 移住してしばらくはフォトグラファーという身分を明かさずに過ごしていたそうですね。
ヨシダさん:当時、人間不信だったのもありますが、今住んでいる集落は年配の方が多いですし、そもそも私のことを知らないだろうと思ったんです。でも、あるとき隣に住む女性から「なんで言わんの?」と聞かれ、なんのことかと思ったら、ほかの住民から「最近よくこの子を見かける」とスマホの画面を見せられたらしいんです。「隣のヨシダさんだよ」というと私について説明をされ、一瞬で広がりました。
── 警戒心は抱きましたか?
ヨシダさん:いえ、一瞬気まずいかなと思いましたが、杞憂でした。思っていたより集落の人たちが好意的に捉えてくれたんです。「わざわざ屋久島を選んで来てくれた」「屋久島のよさを伝えてもらえたら」「頑張っている人がいるのはすごく誇らしい」みたいに言ってもらって。私がしばらく島を離れるときは餞別をくれたり、家の観葉植物を預かってくれたり、すごく温かいなって感じますね。
── 人間不信がきっかけで屋久島に移住されました。東京より近所付き合いは濃密そうですが…。
ヨシダさん:そうですね。そもそも東京より人付き合いしなければいけない集落に引っ越した時点で、人との関係を断つことには無理があったんです。でも、屋久島に住んだおかげで人嫌いを克服したというか。「ご近所付き合いも悪いものじゃない」って思えたんですよね。
一度は人を疑い、心を閉ざしてしまうことがありましたが、屋久島でおじいさんやおばあさんたちとしゃべっていると温かい気持ちが戻ってきました。親しくなったおじいさんの農作業を手伝うようになって、屋久島名産の柑橘類「たんかん」をつくってるんですけど、その収穫作業を手伝って、お裾分けしてもらったものを、お世話になっている出版社さんに贈らせてもらったり。
私の肩書きとか関係なく、ひとりのヨシダさんとしてかわいがってくれて、娘のように接してもらえる。今まで人を疑っていた自分が恥ずかしいと思うようになりました。
── 人への向き合い方は変わりましたか。
ヨシダさん:変わったと思います。今はどこかで何かあっても、島に帰ってきたらリセットされる安心感がありますし、何かあっても前向きに捉えられるようになりました。集落の人たちの温かさに触れながら、人に対して身構えること、不信感も減ったと思います。この先も理不尽なことで傷つくこともあるかもしれませんが、心が落ち着く場所ができたことは生きていくうえで大きいと思っています。
取材・文:松永怜 写真:ヨシダナギ