29歳まで「社会不適合者」と扱われた人生が一変
── ヨシダさんが29歳のときですね。
ヨシダさん:はい。数週間の密着取材を経て後日、放送を観たら、私の肩書きが「フォトグラファー」になっていたんです。そもそも写真を仕事にはしていないし、名乗ったこともなかったのですが、ちょうどイラストレーターの仕事を辞めたかった時期で。「番組でそう書いてくれるならフォトグラファーでいいよね」と思って、10年が経ちます。
──『クレイジージャーニー』に出演したことで人生も大きく変わったそうですね。
ヨシダさん:かなり大きな転機だったと思います。番組に出るまで親や親戚、周りの人たちから私の生き方をずっと心配されてきて、「社会不適合者」という扱いを受けてきました。高校に進学せず、仕事を転々としながら29歳まで会社勤めをしたこともなく、誰かと結婚するわけでもない。親族一同から「1回普通になろう」「いったん結婚してくれ」ってずっと言われてきたんです。私も「普通になれるものならなってるよ」と反発しつつ、29歳になる頃にはさすがに自分でも今置かれている環境に焦りを感じていました。
ただ、同時に確信があって。小学校1年生くらいのときに初めて手相を占ってもらったことがあったんです。そのとき「29歳まで花は咲かない。でも29歳になったらなんとかなるから大丈夫」って言われて。それをずっと覚えていたんです。占った当時は29歳まで花が咲かないことに絶望もしましたが、年齢を重ねるうちに「29歳でなんとかなる」という言葉だけを頼りに生きてきた部分がありました。
周りにも「29歳まであと1年あるから。29歳で何も成し遂げられなかったら、いい加減、どこかの会社に勤めるから」と言ってきたんですが、29歳で『クレイジージャーニー』に出て、本当に人生が一変しました。
放送後はフォトグラファーとしてのオファーが急増し、私を取り巻く環境が大きく変わりました。親や親戚からも「普通になれ」とは、もう言われなくなりましたね。
── 今や世界を飛び回って活躍されていますが、振り返ってどんなことを思いますか。
ヨシダさん:私はアフリカに行って救われたし、カルチャーショックを受けたことで、自分自身や人生が大きく変わりました。当時を振り返れば「よくあんな無謀なことを」と思いますし、さすがの私でもいまだったらできなかったかもしれません。危なっかしさはあったけれど、若さゆえの勢いがあったからこそできたことなのかなと思っています。
自分の直感を信じ、深く考えすぎずに動き出してよかったなと思います。
取材・文:松永怜 写真:ヨシダナギ