学校に通う意義が見出せず、不登校の末に中卒で社会に出たフォトグラファーのヨシダナギさん。職を転々としながら23歳のときに「カルチャーショックを受けたら人生が好転した」という話を思い出し、アフリカへ渡ったことが、その後の大きな転機に繋がっていきました。
「カルチャーショックを受けたら人生が好転した」

── 集団生活に馴染めず、学校に通う意義が見出せないと、中学生で不登校を選択し、高校にも進学しなかったヨシダさんですが、中学卒業後はどんな生活を?
ヨシダさん:ファミリーレストランでアルバイトを始めました。でも私だけ周りとテンポが違うし、マニュアル通りに動けなくて。半年ほどでクビになりました。しかもクビを告げられたこと自体を理解していなかったんです。父に近況を話したら、父が青ざめて「お前、それクビになってるぞ」と言われ、初めて知った感じで。店からしたら、クビになった私が出勤を続けていたので、さぞ不気味だったと思います。
── 一方で、中学の頃からブログを書いていたことが、仕事に繋がったことがあったそうですね。
ヨシダさん:中学生のときに開設してもらったHPがキッカケで、事務所からグラビアアイドルのスカウトの連絡がありました。芸能事務所に入り、活動をしてみましたが、すぐに合わないと気づき、早々に辞めたいと思ったんです。でも他にやれることがなかったので、売れないアイドルをグダグダと続けていました。
ただ、20歳になる頃に「このままではまずい」と思い、知り合いに相談したところ、イラストレーターの仕事をすすめられたんです。子どもの頃から絵を描くのが好きでしたけど、自分が自由に想像して描く絵と、仕事で頼まれて描く絵はまったく違います。不安を抱きながらも、グラビアを抜け出したい一心でイラストレーターへの挑戦を決めたんです。でもしばらくしてやっぱり思うように描けずにつらくなりました。
そのとき、誰かが「カルチャーショックを受けたら人生が好転した」と話していたことを思い出したんです。私も同じ体験をしたいと考えたときに浮かんだのが、5歳のときにテレビでたまたま観たアフリカの光景でした。それが20年近く経っても印象に残っていて、ひとりでエチオピアに行くことを決めました。23歳のときです。
現地を訪れたのはもちろん初めて。飛び交う言語はまったくわからないはずなのですが、なぜか懐かしく感じました。不思議な感覚なのですが、なんとなく理解できるというか。