生活苦で明日の食事にも困り「大学再受験」を決意

── ひとりで育児に奮闘されるなか、旦那さんが大学に通われている姿を見て、退学したことへの後悔は感じませんでしたか?

 

杉浦さん:当時は結婚したら専業主婦になる人が多かったんです。だから、子どもを産む決意をして結婚したからには、大学に行けないのは当然のことと捉えていました。ただ生活が本当に苦しくて。夫は大学生ですし、私は子育てで精一杯。双方の親から合計16万円の仕送りをしてもらい、そこから家賃や生活費を払い、たりないぶんは夫のアルバイト代で補っていました。もちろん節約してはいましたが、仕送りメインでの3人暮らしには限界がありました。

 

明日の食事もどうなるか…くらいの状況に陥り「このままだと生きていけない。私も働かないとダメだ」と思ったのですが、高卒で資格もなく、小さな子どもを抱えている私に、働き口なんて皆無でした。そうか、今のままだと社会人にはなれないんだ…という事実に直面して呆然としました。「子持ちでまっとうに働くためには資格が必要だ」と考えたとき、母の姿がふと浮かんだんです。

 

── お母さんは、薬局を経営されていたそうですね。

 

杉浦さん:はい。子どもの頃から、お店に来るお客さんが母に相談していく姿を見ていました。周りから頼られていた母は誇らしく、私の憧れでした。だから、最初の大学も薬科大学を選んだんです。そんな思いもあり「もう一度薬剤師を目指そう、薬学部を受験しよう」と決心しました。夫に相談したら、どうせ止めてもやるだろうし、やれるだけやってみたらと言ってくれました。

 

そうと決めたら行動は早かったです。すぐに親に相談したところ、大学の学費は出すよと言ってくれ、高校時代の参考書を送ってくれました。ただ、再受験のためには高校の調査書が必要で、高校時代の担任の先生にお願いしに行ったら、最初は断られたんです。「高校時代に真面目に勉強していなかったお前が受かるわけがない」と言われて。

 

── それは厳しい言葉ですね…。

 

杉浦さん:自業自得でした。でも、当時は心を入れ替えて高校時代とは比較にならないほど必死に勉強していたんです。子どもがいて時間に限りがあるからこそ、すきま時間を有効に使うことを徹底していました。それを先生に伝えたところ納得してくれ、調査書を書いてもらえて。結局、大学を中退した翌年に、最初に入学した大学より偏差値の高い大学の薬学部に合格することができました。

保育園に預けたいと相談も児童養護施設を紹介され

── 晴れて再び大学生になられたのですね。でも、お子さんは当時まだ1歳。どのように勉強と子育てを両立したのですか?

 

杉浦さん:大学に合格したのち、「保育園に子どもを預けたい」とまずは役所に相談に行きました。ところが「保育園は働くお母さんのためのものです。自分で育てられないなら施設に入れてはどうですか」と、児童養護施設を紹介されたんです。当時はそれがごく一般的な対応だったのだろうと思います。そもそも、私は19歳でいわゆる「ヤンママ」だと思われていたので、世間的にはよく思われていなかったでしょうし。

 

── 子どもを育てる気がないと決めつけられたのですね。

 

杉浦さん:母に相談したら直接、行政にかけ合ってくれたんです。娘は子どもを育てられないのではなく、薬剤師を目指して大学で勉強するのだと伝えたうえで、「親としては助けに行きたいけれど、遠方でそれが叶わないので、どうか保育園に預けさせてもらえないか」と。おかげで、ある保育園の園長先生が気持ちを汲んでくださり、「うちで引き受けます」と言ってくださいました。