虐待一歩手前の行動を見た園長がかけたひと言

── 理解のある園が見つかってよかったです。とはいえ、薬学部と言えば実習もあるでしょうし、育児と勉強の両立はかなり大変だったでしょう。

 

杉浦さん:無駄な時間をなくすために、保育園からすぐ近くのアパートに引っ越しました。通学時間は長くなったのですが、電車での移動時間も勉強に当てられたのでかえってよかったです。毎朝、朝食と弁当、夕食を作ってから息子を保育園に送っていました。息子が熱を出したときには、夜中のうちに静岡の実家に預けに行き、翌朝は大学に行ったことも。夫や母以外に、叔母や妹、ママ友たちにも総動員で助けてもらいました。

 

それに加えて、園長先生には最後まで助けていただきました。あるとき、急いで電車に乗らなきゃいけないのに、息子が保育園に行くのをグズったことがあって。靴を履かないと言い出すから、冬なのに靴下姿の息子を私が引きずって歩いているところを園長先生に見られたんです。

 

側から見れば、虐待を疑われても仕方ないような状況だったと思います。それでも、先生は私を責めることなく、息子に向かって「お母さんは今日も頑張るんだから、君も頑張ろうね」と声をかけ、子どもと手を繋いで靴を履かせてくれた。この光景が今でも忘れられません。そんな先生や周囲の恩に報いるためにも、国家試験には一発合格しなければって、必死でしたね。

 

大学はほぼ休まなかったし、実習のレポートも欠かさず出していました。提出時間が朝9時だったので、朝3時に起きて書き上げて。当時はまだ手書きだったので、そのときの名残でいまも指に「ペンだこ」があるんです(笑)。

 

── 理解のある方々に出会えたおかげで、必死に勉強することができたのですね。そして、19歳で再び大学受験にチャレンジして薬学部に合格したからこそ、今があると。

 

杉浦佳子
大学を卒業し、薬剤師として勤務し始めたころの杉浦さん

杉浦さん:その通りです。私、遠回りをして薬剤師になった自分の人生を心からよかったと思っているんです。18歳で妊娠して退学したときは、本当の意味で「学ぶことの大切さ」がわかっていなかったし、もっといえば高校生のときはあんなに時間があったのに全然、勉強していませんでした。

 

でも、無職で子育てを始め、生活が苦しくなって初めて「高卒・子持ちで職を得ることの難しさ」を痛感しました。それで大学に入り直すことを決意し、子育てと勉強を必死に両立した末、薬剤師になれた。まさに、学びが自分を助けてくれることを身をもって体験したんです。そして、薬剤師になってからは世の中の人のために、薬剤師として学び続けることの必要性を日々感じています。結局いつだって、学びこそが自分を助けてくれるかけがえのない経験なのだと思います。

 

取材・文:池守りぜね 写真:杉浦佳子