最後の家族旅行「いつも通り」に過ごせた時間

── 闘病されていたお父さんとご家族がどのように向き合われていったのか、教えてください。

 

大家さん:お酒が好きな父は肝臓の数値が悪く、4年ほど前に肝硬変となり「このままお酒を飲み続けたら5年後の生存率は0%です」と、お医者さんに言われていました。その頃は深刻なものととらえておらず、父もお酒を辞めたり辞めなかったり。

 

当時、私がテレビの番組でフルマラソンに出場する企画があって「マラソンに向けて1年くらい禁酒するから一緒に頑張ろう。完走できたら一緒に乾杯しようね」と約束して、一緒にお酒を辞めてくれた時期もありました。とはいえ、お酒を完全に断ったわけではありません。

 

定期的に通院はしていたものの亡くなる1年ほど前、完全に禁酒をしていなかったこともあって、肝臓がんへと進行して、そのとき初めてリアルに「死ぬかもしれない」と思いました。父は「しょうがない、自業自得」という様子でした。最期まで「(死ぬのが)怖い」や「死にたくない」という言葉は決して言いませんでした。

 

次第に体調が悪くなり、長い時間お店に立てなくなっていきましたが、父は店が生きがいでしたし、とにかく人に迷惑をかけたくない人だったので、亡くなる2か月前まで仕事を続けていました。家族も「(お店に立つのを)止めてもしかたがない」と、わかっていたので父の気が済むよう見守っていました。

 

── 体調が悪化していくお父さんとの時間をどのように過ごすべきなのか、ご家族は葛藤もあったと思います。そんなとき、思いきって家族旅行を計画されたそうですね。

 

大家さん:今年に入って急激に体調が悪化して、私たちも父がそんなに長くないと感じていました。それで「もしかしたら家族で出かけられるのは最後になるかもしれない」と、私が言い出して家族旅行をすることにしました。

 

私も兄たちも、最後の親孝行をしたい思いがあり、スケジュールを合わせ「今まで泊まったことないような、いちばんいい宿に泊まろう」と、父に宿泊先を選んでもらったら、リーズナブルな宿を選んできたんですよ。思わず「本当に人生最後の旅行かもしれないんだから、もっといいところを選んでよ!」と、言いました(笑)。不謹慎に聞こえるかもしれませんが、思ったことを言い合う裏表のない明るい家族なので、父の命の期限を話題に出すこともタブーではありませんでした。

 

旅行先の宿でも、いつも通りに徹しました。私たち子ども3人が遠慮なくお酒を飲むから、父も「ひと口ちょうだい」と言ってきて、結局、ひと口だけ飲むことを止めませんでした。母は「ダメ」とたしなめましたが、父や私たちはここで飲みたいのを我慢して1日長く生きるより、今を楽しんで濃い時間にしたほうがいいという気持ちで一致していましたね。

 

大家志津香
最後の家族旅行では大分県の温泉へ。両親に選んでもらった宿で過ごした時間はすべての瞬間が思い出深いものに

── 特別扱いをしないふだん通りの接し方が、お父さんも嬉しかったのではないでしょうか?いつもと変わらない時間が何にも代えがたい薬にもなりそうですね。

 

大家さん:そうですね。そのときはゆっくりですが自分の脚で歩けましたし、宿泊中は驚くほど調子がよく、ご飯も食べてくれて。「あれ?意外と大丈夫なのでは?」と、錯覚するくらいでした。父も「みんなといると、なんか元気になるな」と、言っていましたね。

 

わが家の恒例行事に「背比べ」があり、例年私と父が僅差で競っていたのですが、このとき比べたら私のほうがちょっと高かったんですよ。父の背を抜いて喜んで盛り上がったのですが、内心は小さくなった父に少し胸が痛くなりました。私にとって父は強くて、体力的にも人間的にも大きな人だったので。