「飲まないと明るく振る舞えない」と酒に溺れ

── 高校を卒業すると実家の山口を出て長崎の大学に進学し、ひとり暮らしをすることに。
神代さん:父は学がなく、トラブルばかり起こすので、父の反面教師で大学は出ておきたいと思いました。入学金や当面の学費は祖母の内縁の夫が出してくれました。それ以降は自分で稼がなければならず、バイトをし、年上の男性数人から経済的援助を受けながら親密な関係になりました。
お酒を覚えたのもこの頃です。大学に入って飲み会に参加するようになると、「結構飲めるね」「お酒強い!」と言われて承認欲求が満たされた気がしたんです。「私、すごい!」って調子に乗って。飲めば気が大きくなるし、明るい自分でいられると。でも次第に、飲まないと明るく振る舞えなくなって、お酒を飲む頻度がどんどん増えていきました。もう、飲まずにはいられなくなってくるんです。
── 昼間から飲む感じですか?
神代さん:いえいえ、朝ですよ。朝から飲むようになるまでに、半年もかかってないです。机の上にウイスキーが置いてあるので、朝起きたらまずはウイスキーを瓶のままガッと飲む。喉が焼けた感じがしないと飲んだ気がしなくて。まるで起爆剤のような感じですね。
大学では通学途中に酒屋で買ったお酒をトイレでこっそり飲みました。「酒臭いね」と言われても「昨日遅くまで飲んでた」と誤魔化して。夜はホテルの仲居のバイトをしていたのですが、バイト終わりにお客さんたちとスナックに行って朝までコース。
表面的にはその辺にいる大学生に見えたかもしれませんが、年上の男性数人からお金を援助してもらっていたし、誰にも本当の自分を見せることなく、いつも仮面を被っているような気持ちでした。
── その状況で、当時は何が救いになっていたのでしょうか?
神代さん:在学中に携帯電話を販売するバイトもしていて、同じスタッフで知り合った男性と交際していたときは、いくらか穏やかだったと思います。彼には安心して心の内を話せたので、気持ちが満たされていたんでしょうね。不思議とお酒の量も減って、年上の男性からお金の援助を受けることも辞めました。
でも、大学を卒業して社会人になると、私の生活状況の悪化や依存症が復活し、父が山口から長崎まで迎えにきました。実家に戻った後もしばらくは彼と連絡を取っていましたが、長崎と山口で距離がありますし、自然に疎遠になっていきました。
父に対してずっと憎悪も抱いていたし、関係性もよくはなかったのですが、不思議とそのときだけは迎えにきてくれました。