「鬱屈した思いを抱え、ただ日々をやり過ごすだけだった」。両親の離婚、後妻の死と父の虐待など、幼少期に生きづらさを抱え、自身も荒れた生活を送ってきたという神代ちよみさん。大学に入って酒を覚えると、わずか半年で朝から酒浸りの生活に。本当の自分を隠し、仮面を被りながら生きてきたと語ります。
「常に鬱屈した思いを抱えて生きていた」

── アルコールや薬物などさまざまな依存症に苦しむ人たちの支援に取り組むNPO法人「i Com」の理事長を務める神代さん。神代さん自身もアルコール依存で苦しんだ過去があるそうですね。子どもの頃はどんな環境で育ちましたか?
神代さん:私が3歳のときに両親が離婚して、父に引き取られました。父は20代前半のころ溶接業で働いていましたが、私が4歳のときに当時16歳だった女性と再婚。後妻となった女性は養護施設を出たばかりで、床屋のアシスタントをしていたところで、父と出会ったようです。
私は父と後妻、祖母と一緒に住んでいました。祖母は早くに夫を亡くし、内縁の夫になった人がいたので、父の稼ぎも少なかったですし、その人からお金の援助を受けて、私たち家族も生活していました。
── 後妻の方はかなりお若かったのですね。お父さんの再婚後の暮らしはいかがでしたか?
神代さん:穏やかだったのは、はじめだけですね。父が再婚して1年も経たないうちに後妻が妊娠したのですが、出産時に医療事故に遭ったんです。赤ちゃんは生後1週間で亡くなり、後妻は植物状態になって意識が戻らないまま32歳で亡くなりました。
医療事故だったため、多額の慰謝料が入ったのですが、父はそのお金を使い込み、女性関係が激しくなりました。同時に、私への暴力・虐待が始まったんです。父が一人目の妻は妻の浮気で離婚し、後妻も植物状態になって「俺は女運がない」と思っていたらしく、家の窓ガラスが割れたり、道端で引きずられたことも。はじめは近隣の方が通報してくれましたが、警察は身内のケンカとしてしっかりと取り合ってもらえませんでした。
もともと父は地元では恐れられた存在でした。飲酒運転やお金のトラブルがつきず、刑務所にも何度もお世話になっていました。
── かなり壮絶な環境ですね。学校生活への影響などは?
神代さん:狭い町なので私の家庭環境はみんなが知っていましたが、特に気にしないようにしていました。私自身、中学生のときに親戚に襲われたり、それを唯一相談した学校の先生と交際したりと、健全な状態ではなかったと思います。
高校は普通に通っていましたが、特に友達との楽しい思い出があるわけではなく、ただ日々をやり過ごすだけ。あるとき、幼なじみがいじめにあったと聞いて、いじめた相手をやり返すというていで、ストレス発散をしたこともあります。理由があるから人を堂々と殴れるって。
常に鬱屈した思いを抱えていたし、何度も世の中から消えることを考えていました。