現在放送中のNHKの連続テレビ小説『風、薫る』にも出演中の俳優・金井勇太さんが脳梗塞を発症したのはちょうど1年ほど前のこと。当時出演予定だった舞台の開演1時間半前に体に異変を感じたそうです。「たいしたことない」と都合のいいように思いこもうとする金井さんの命を救ったのは妻の存在でした。
舞台初日に「さ行」が言えなくなった

── 2025年6月、出演予定だった舞台初日に脳梗塞がわかり降板されました。公演直前の降板に驚かれた人も多かったと思いますが、それまでに脳梗塞の前兆はあったのでしょうか?
金井さん:舞台初日の前日まではいつも通り舞台の稽古をしていて、特に異常はありませんでした。おかしいと最初に気づいたのは、舞台「揺れるはざまのトラベラーズ」の初日に朝ごはんを食べに行ったとき。お腹が空いて牛丼定食を頼んだのに、いざ運ばれてくると食欲が急になくなってしまい、「食べたくない」と感じました。そのときは知らなかったのですが、食欲不振は脳梗塞の症状のひとつだそうです。
原因がわからないままリハーサルに向かい稽古を始めたのですが、なぜだか「さ行」をうまく話すことができなくて…。でも呂律が回らないだけで、倦怠感や頭痛、気持ち悪いなどの異変はありませんでした。本番前なのに準備ができていないと思われてはまずいと、「さ行」が話せない滑舌の悪さをごまかしながら一度は稽古を終えました。
── どこかおかしいと感じつつも、そのときはそこまで体に異常があるとは思っていなかったのでしょうか?
金井さん:そうですね。だって、自分が出演する舞台の初日ですよ?どこかで異変を感じつつも、「このような大事な日に体調が悪くなるはずはない、きっと気のせいだろう」と思いこもうとしていました。実際にリハーサル後に発声練習をすると、そのときは「さ行」も含めて完璧に話すことができ、「やっぱり大丈夫だ」と。
でも、その後にもう一度行われたリハーサルに参加しようとすると、今度は脚がスムーズに動かなくなっていって。手で脚を持ち上げないと階段をうまく登ることができなかったんです。
──「さ行」が言えない、脚が動かせないなど徐々に症状が出てきたんですね。
金井さん:症状の出方は時間によって波がありましたが、そこからさらに呂律が回らなくなり、声もいつもの3割ほどの大きさしか出なくなりました。ただ、運動神経や言葉に異変は出ていたものの、思考回路はクリアだったんですよ。なので、最初は疲れや貧血ではないかと思いました。
舞台1時間半前に苦渋の決断
── 舞台本番が迫るなか、そこからどうされたのでしょうか?
金井さん:実は僕の妻が看護師で、念のためにそのときの症状をメッセージで送っていたんです。すると、「その症状は脳梗塞かもしれない」と。最初は「まさか」と思いましたが、インターネットで調べてみるとたしかに自分の症状が当てはまっていたんです。リハーサルの最後には少し調子は上がってきたのですが、「本番でなにかあってはいけない」と、念のため病院に行くことにしたんです。
妻の言葉があったので最初から脳外科を調べて、近くにあった病院に行きました。MRI検査を行ったのですが、医師からは「金井さんは脳梗塞にはかかりそうな前段階ではなく、すでに脳梗塞になっています」と告げられて。それが本番1時間半前の出来事です。
── すでに脳梗塞を発症されていたのですね。医師に言われても自覚は薄かった?
金井さん:思考は変わらずクリアだったので、脳に異常があるという感覚はやはり薄かったです。それよりもそのときが舞台初日本番の1時間半前ということに焦りを感じました。セリフ量の多い役だったため、頭に浮かんだのは「僕が出なければこの舞台はどうなってしまうのだろう。今からでは代役も間に合わない」ということ。
医師に「本番後に来て治療を受ければいいですか?」と聞いたのですが、答えは「脳はなにが起きるかわからない。このままなにもせずに舞台に出れば、半身麻痺や車椅子の生活など後遺症が残る可能性もある」というものでした。そのうえで、「でもどうするか決めるのは金井さん自身ですよ」と言われたんです。
── その言葉で降板を決めた?
金井さん:命に関わることなので、仕方ないと思いました。舞台のプロデューサーにすぐに電話して相談すると「今はゆっくり休んでください」と。舞台に穴をあけることをすごく心配していたのですが、その言葉にとても救われたのを覚えています。現場では僕のリハーサルの様子を見て、「万が一のことがあるかもしれない」と代役の準備を進めてくれていたようです。
本来は舞台のことよりも自分の体のことを心配するべきだと思うのですが、すごく優秀な医師が冷静に症状を説明してくれて、そこからどのような治療が有効かなどを搬送先の大きな病院に指示してくれていました。なので、「きっと大丈夫だ」と思うことができ、自分の病気についてはそこまで不安は大きくなりませんでした。