難病の診断まで25年「何度も人生を手放したいと」

── エマさんはオストメイトモデルとして活躍されるいっぽう、医師として勤務しながら子育てもされています。オストメイトになった当時は、まだ息子さんが小さかったと思いますが、当時の反応はいかがでしたか。

 

エマさん:パウチを交換するとき、息子はいつも遠くの方から見ていました。入院中に看護師さんにパウチの交換の仕方を教わるのですが、実践は2回しかなかったのでやっぱりうまくいかず、最初の頃は交換に2時間もかかっていたんです。

 

交換途中に息子に「ちょっとそれ取ってくれる?」と頼んだら「怖いから見たくない」と言われたことがありました。内臓が見えているのが7歳の息子には怖かったようです。でもだんだん慣れてきて、一緒に寝ていて夜中に爆発してしまうことがあっても、「大丈夫だよ。お洗濯すれば大丈夫。」と言ってくれていました。

 

改まった説明をしたことはないのですが、なんとなく息子なりに、私が入退院を繰り返していたので感じることはあったのかもしれません。私が入院して家をあけると、息子のお世話をして下さるヘルパーさんに「いつ帰ってくるの」と毎日聞いていたそうです。今は14歳、思春期になってケンカが多くなりました(笑)。

 

エマさんと息子さん
「幸せそう!」病室にお見舞いに訪れた息子さんとの親子ショット

── オストメイトになる前に、難病の慢性犠牲腸閉塞症(CIPO)と診断されるまで25年もかかり、医師を志していた研修医時代も、産後もなかなか病名がわからず不調を抱えながら生活していたそうですね。

 

エマさん:お腹にガスが溜まって苦しくなってしまう症状に16歳の頃から悩まされ、どんどんひどくなっていったのですが、どの病院でも「心身性のもの」だと言われ続けました。私は絶対何かおかしいと思っていたものの、病名がわからずたらい回しにされ、ある女性医師からは、「検査したけど、何も異常はない。心が弱いからだと思うから、結婚して生きていけばいいんじゃないですか」と言われたときは悔しくて泣きました。

 

いろいろな医師を尋ね回りましたが、「寝ていることが治療」と言われたことありましたし、耳を傾けてくれる人がいない時期が長かったです。医者は何か目に見えるものであれば一生懸命頑張ってくれるのですが、機能性障害は目には見えないので、ただつらいと言っている人と思われていたんだと思います。

 

研修医の頃、勉強で疲れているときや育児でノイローゼになりそうなときは、苦しすぎて人生を手放したいと思ったことが何度もありました。

 

── そこまで絶望の淵にいながら、エマさんを思いとどまらせたものは、なんだったのですか。

 

エマさん:私は息子に生かされたと思っています。入退院を繰り返して、息子には寂しい思いもたくさんさせてきたと思うのですが、私が生き延びることができたのはやっぱり息子のおかげです。「この子がいるから自分が死ぬわけにはいかない」と思えました。

 

それに、オストメイトモデルとしての活動を始めたあとに、「私のようになりたい」と言ってくれるオストメイトの女の子の存在も大きいです。きっと彼女から見える私は、前を向いて、ファッションを楽しみ、いきいきしている大人に見えたと思うので、私が自分で命を縮めてしまったらきっとその子も絶望してしまうと思うんです。葛藤は何度もありましたが、責任があるから死ねないという思いで自分を奮い立たせています。

誰かのロールモデルになれたら

── 現在も体調がよくない日が多いそうですが、オストメイトモデルとしての活動のほか、講演なども積極的に行っています。

 

エマさん:医師としては週1回、午前中だけ勤務しているのですが、体調を踏まえるとそれが私の限界で。帰ってきたらなるべく横になるようにしていますし、今も当日になってみないとその日のコンディションがわからないのが正直なところです。モデルとして講演会などに登壇する際も、具合悪すぎてプログラムの順番を変えてもらったときもあります。

 

医師としてのキャリアを順調に築けている人を見ると羨ましいという気持ちもありますが、今はオストメイトモデルとして、誰かに希望を与えられる存在になって、自分を助けてくださった医療スタッフや家族にも恩返しができたらいいなと思っています。

 

厚労省のデータではオストメイトは国内に22万人いるのですが、これは障害者手帳を申請している方で、一時的にオストメイトになる方も含めると推定45万人と言われています。これまでモデル経験はありませんし、オストメイトモデルという言葉を使うこと自体、少し躊躇したこともあったのですが、あくまで私は〝ロールモデル〟として、今からパウチを造る方も、これから造る方も、見てくださった方が希望を持って、前を向けるような活動をしたいと思っています。

 

取材・文:内橋明日香 写真:エマ 大辻 ピックルス サムネイル撮影:小林正嗣