病室で決心したオストメイトモデルとしての生き方
── オストメイトモデルになろうと思ったのは入院中のことだったと伺っています。術後すぐの大変な時期だったと思います。
エマさん:入院中に排泄ケアの資格取得を目指している看護師さんからオストメイトの実態について話を聞いたのですが、「オストメイトになることを受け入れられず、1年以内にみずから命を断つ患者がいる」ということを知りました。生きるための選択が、悲しい結末になってしまうことが残念に思いましたし、入院中にいただいたパンフレットにはオストメイトになって「できなくなること」ばかり書かれていることは悲しくなりました。
看護師さんと話をするなかで、海外にはオストメイトモデルという存在がいることを知って。インスタグラムで調べてみたら、とにかくオストメイトであることをオープンにしていて、パウチが人から見える状態でジムやプールに行き、ハッピーに過ごしているんです。「海外のオストメイトモデルのマインドを輸入して、私にしかできないことしてみたい」という思いをすぐ行動に移しました。
── 日本と海外では環境や文化の違いが少なからずあると思います。人前に出ることに抵抗はありませんでしたか。
エマさん:私の母は日本人で、父がイギリス人なのですが、3歳から日本で生活しているものの、この見た目なのでいまだに「日本語お上手ですね」と言われることが多くて。だから、この外見で変わったことをしても、そこまで怒られないだろうと思ったんです。それに、皮肉にも、食べたくても食べられずに痩せてしまった体型がスチールに写るにはちょうどよかったんですよね。
ちょうど多様性が叫ばれ始めた頃で、いい意味で人との違いや自分が持っている要素を最大限に活かしてみようと思いました。たまたま時代が背中を押してくれた、本当にラッキーガールなんです。
── 世間の反応はいかがでしたか。
エマさん:アンチが出ることも想像していたものの、ほとんどなく、「私もオストメイトで勇気をもらいました」「救われました」という言葉をたくさんいただいて、びっくりするくらい賛同してくださる方が多かったですね。本当にやってよかったと思っています。
── オストメイトモデルの活動を通じて、どんなことを伝えたいと思っていますか?
エマさん:先日48歳になったのですが、正直、私はここまで生きられると思っていませんでした。オストメイトモデルとしての活動が私の代で終わってしまうのではなく、次の世代が主役となる流れを作れたらいいなという思いでいます。
私のポリシーは、「ありのままの自分を享受してアカペラで生きる」ということ。私は歌が好きなのですが、伴奏がない状態で声のみで歌うアカペラのように、自分そのものを受け入れていけたらと思っています。オストメイトになることは、絶望ではなく生きる希望だということをみなさんに伝えられたらいいですね。
取材・文:内橋明日香 写真:エマ 大辻 ピックルス サムネイル撮影:小林正嗣