全力婚活も焦るあまり、相手はファーッと消えて

沢えりか
49歳のときに2歳年下のシングルファーザーと結婚

── 現地の婚活はどうやって進めたのでしょう?

 

沢さん:結婚相談所と、デーティングシステムといって、日本でいう出会い系サイトやアプリのようなものに登録しました。ニューヨークって出会いの場が意外とないんですよ。日本のような合コンや独身が集まる場がないから、あとはバーでナンパされるか友達の紹介かな。

 

デーティングシステムで100人ほどやり取りをして、実際に会ったのは30人くらい。毎晩誰かしらとやり取りをして、すべて情報をエクセルで管理しました。でもデーティングシステムも結婚紹介所も、1回デートしても2回目になかなか繋がらなかったですね。とにかく急いでいたので「私は今46歳で、子どもが欲しいので時間がないんです」って1回目のデートで伝えるのですが、そうすると相手はファーッていなくなっちゃって。

 

── 今の旦那さんとの出会いもデーティングシステムだったのですか?

 

沢さん:夫の場合は友達の紹介です。夫は2つ年下で当時44歳、7歳の娘のシングルファーザーでした。セントラルパークで初めて会いましたが、自然豊かな場所でリラックスして話せたのがよかったみたいです。2回目にはピクニックシートを持ってお弁当を作っていって、3回目のデートはミュージカルを観に行きました。その後も毎週のように2人で会うようになりましたね。

 

── そのまま自然に交際する流れに?

 

沢さん:いえ、そうもいかなくて。当時、アメリカの都市型の傾向だと思いますが、男性がハッキリ交際を決めるまで、何度デートをしても相手の女性はお試し期間という扱いになるんです。その間は何人とデートしてもいいし、浮気にならない。男性に主導権がある感じです。もちろん正式に付き合うことになったら浮気はダメだし、両親に紹介されたり、パーティに連れて行ってもらったり、一気にステータスが上がっていってそこからは早かったりするんですけど。

 

私は2人で会うようになって3か月くらい経ったときに「私は今どの位置にいる?」と聞くと「まだ彼女じゃない」と。その後もしばらく関係が変わらないまま、出会いから半年経って、ようやく正式な彼女になりました。

自分の意思貫き「諦めなくてよかった」

── 交際が始まったとき、旦那さんには当時7歳になる娘さんがいらっしゃいました。妊娠や出産、子どもについてはどんな話をしましたか?

 

沢さん:彼に会って3回目くらいで「私は子どもが欲しい」と伝えましたし、彼も子どもを望んでいました。彼は、娘が小さいときに元奥さんが他界していて、娘も母親の記憶がほとんどないんです。彼と交際が始まってから娘にも会いましたが、亡くなったお母さんと比べられることがなく、すぐに仲良くなりました。また、自分の子どもを出産したときに兄弟がいたほうがいいと思っていたので、それも含めて娘がいてくれてよかったと思います。

 

── 2017年に結婚されました。大好きだった仕事を辞めて、一念発起で渡米し、結婚まで辿り着きました。ご自身でどう思いますか?

 

沢さん:自分ができることは全力でやったと思います。アメリカという光が見えたときに渡米できるお金があったのはよかったと思うし、どうしても結婚して子どもが欲しいという思いを突き進めた結果、今に繋がっています。諦めなくてよかった。

 

取材・文:松永怜 写真:沢えりか