「腎臓移植が必要みたいなんだ…」。先天性の問題に加え、若手芸人時代の厳しい生活環境も重なり腎不全の直前まで悪化した芸人・クボケンさん。35歳の時に、医師からついに腎移植の宣告を受けます。しかし親の反対を押し切って芸人になるため上京したクボケンさんは、両親にどうしても言い出せず── 。
最初に異変があったのは21歳のときだった

── お笑いコンビ5GAPの強烈なボケ担当であり、最近はピンでの活躍も注目されるクボケンさん。自分は健康体だと思っていたクボケンさんですが、いつ頃から体に違和感を覚えましたか?
クボケンさん:最初に異変があったのは21歳のときです。ある朝、右足がパンパンに腫れて、激痛で目が覚めました。「絶対、骨折してる!」って。まるで足首をスパッと切って、その断面に木刀の折れたギザギザな部分を当てて、力いっぱいグーッと押されているような感じでした。
── それは…想像を絶する痛みですね。
クボケンさん:すごかったです!駅近くの病院まで徒歩10分の距離をジリジリと2時間かけて歩きましたが、病院が内科だったので診てもらえず。紹介された総合病院に移動してようやく診察を受けると「痛風」と診断されました。先生に「うちに来る患者さんのなかでも、腎臓の数値がかなり悪い部類に入る」と言われました。尿酸値は男女で 7mg/dL以上だと高いと言われるようですが、僕はその倍近い13という数値でしたから。
── それまで自覚症状はまったくなかった?
クボケンさん:まったくありませんでしたね。とりあえず痛み止めを処方されましたが、痛みが引くまで1週間ぐらいかかりました。
── その後、どんな治療を続けたのでしょう?
クボケンさん:毎月、決まった日に受診するよう病院から言われたのですが、21歳の若手芸人だった自分には無理でした。仕事が突発的に入ることが多く、その日が空くかどうか、直前までわからないんです。ライブやオーディションが入れば当然、仕事を選んでいました。薬で痛みが治まるようになったので、痛みもないのに何時間もかかる検査のために通院することが、当時の自分にはどうしてもできませんでした。
── しかも、芸人という仕事柄、お酒の付き合いもありそうです。
クボケンさん:20年前はコンプライアンスも何もない時代でしたから、今より飲み会文化が過激だったんです。仕事の関係者や先輩との飲み会・夜遅い食事に付き合わなくてはいけないこともありましたし、当時は「これが芸人になった証だ」とすら思っていた部分がありました。だから、痛みが出たら病院に行って、薬で落ち着いたら仕事に戻る。そんなルーティンを5、6年続けていました。