39歳、不妊治療を始めたら卵子の数が減っていた
── 39歳で現在のご主人と出会い、不妊治療を開始されたそうですね。
村西さん:はい。いまの夫と出会って1年が経った頃でした。お互い離婚経験者だったので入籍にはこだわらず事実婚のような状態でしたが、子どもは欲しいし、子どもができたら入籍しよう、という流れで、不妊治療を始めました。年齢的にも授かるかどうかギリギリのタイミングだとわかっていましたし、2人とも体外受精からのスタートに抵抗はありませんでした。そこで、凍結した卵子を保存してもらっている病院へ行って相談すると「39歳ならまだ卵子が採取できるから、凍結している卵子を使わず新たに採取しましょう」と言われました。
── そうなんですね。凍結している卵子は残しておこうと。
村西さん:私も意外でしたが、不妊治療は卵子が採取できなくなったら強制終了になってしまうので、採取できるうちはしたほうがいいと言われました。結果を先に言いますと、そこから1年半かけて、採卵は3回、体外受精は8回におよび、やっと子どもが授かりました。
採卵してみてわかったのは、やはり36歳のときより同じ刺激方法を使っても採れる卵子の数が減っていたこと。1回目に採取できた卵子は10個でした。そのうち半分を通常の体外受精で自然に任せる方法(ふりかけ法)にして、残りの5個は精子を直接注入する方法で顕微授精しましょう、となったのですが、ふりかけ法はどれも「胚」にはならず、全滅でした。そこで、やはり私たちにはタイミング法などで段階を踏んでいる時間はなかったな、とはっきりわかりました。
「一度休みたい」期待することに疲れて
── 8回というのは、顕微授精で「胚」になったものを移植し続けた形なんですね。
村西さん:はい。最初は毎月、挑戦してはうまくいかず、というのを繰り返していたんですけど、3回目の移植が妊娠に結び付かなかった段階で、夫から「一度休みたい」と言われました。毎回毎回、「今度は成功するかもしれない」「今度こそ父親になれるかもしれない」と期待してガックリして、という感情のアップダウンがきついと打ち明けられたんです。
いっぽうの私は「生理の周期を考えても年間12回しか移植のチャンスがない」という焦りがあり、目標に向かって突き進んでいくつもりだったので、そこで初めて意見がぶつかりました。しかも、当時は体外受精に関して保険適用ではなく全額自費負担だったので(2022年4月から保険適用)、金銭的な不安もあったのだと思います。2人でいろいろと話し合い、「じゃあ、いったんお休みしましょう」ということになりました。2020年4月のことです。
── 不妊治療のお休み期間はどう過ごしていらっしゃったのですか?
村西さん:「大切な家族であれば子どもにこだわらなくてもいいのでは」と、犬を飼うことにしました。コロナ禍で2人とも家で過ごす時間が長かったですし、犬の散歩のおかげで規則正しい生活を送るようになると精神的にも安定してきたんですね。「もし子どもが授からなくても犬を子どもと思い、仲良く暮らしていこう」という考えにシフトできて、3か月後、40歳の夏に不妊治療を再開することにしました。夫からの提案で治療にかかるお金の計算をして、上限を決めての再チャレンジでした。

そして再開してすぐの4回目の移植で、一度着床したんです。でもすぐに化学流産(胎嚢が確認される前に妊娠が自然に終了してしまう状態)してしまい、このときはさすがにショックで休みを取り、ひとりで奈良のお寺に行き、号泣して帰りました。ただ、先生から「妊娠を示す数値が弱くはあったけれど、一度着床して数値が上がったということは、あなたに妊娠できる能力があることを示しているから、落ち込むことはないんですよ」と言っていただき、その言葉がとても支えになりました。
不妊治療は勉強などとは違い、「努力すれば必ず結果が出る」わけではありません。でも自分なりに最善を尽くし、その結果としてダメだった、というにはまだ早い。もっとやれることが絶対にあるはずだ。もともと目標に向かってコツコツ努力するのが好きな性格でもあり、不妊治療を始めてからずっと前向きで、私としては一度も治療をやめたいと思ったことはありませんでした。