ケチャップの匂いが部屋に充満した思い出の味

── お母さんのハンバーグが、彦摩呂さんの幼少期の幸せな思い出の象徴なんですね。

 

彦摩呂さん:そうですね。僕、5年くらい前に実家に帰ったとき、グルメリポーターの仕事に携わってから30年くらい経ってたんですけどね、母に言ったんですよ。「子どもの頃に作ってくれたハンバーグを作ってくれんか?」って。そうしたら母は、「ああ、あれよう作ってたな、久しぶりに作ろうか」って作ってくれました。

 

母のハンバーグは、玉ねぎのみじん切りがちょっと荒くてね。フライパンに7、8個並べて、まとめて焼くんですよ。焼くだけだと中まで火が通らないから、途中でケチャップとウスターソースを投入して、隙間にはにんじんを入れて。ふたをして、煮込みハンバーグにするんです。

 

そのハンバーグを、何十年かぶりに母に作ってもらってひと口食べたんですよ。そしたら、「あのときの、おかんの味や…!」ってもう感動して。

 

彦摩呂
2015年、お母さんとの貴重なツーショット

── 変わらない、お母さんの味だったんですね。

 

彦摩呂さん:そうなんです。僕は有名なホテルのシェフや洋食の巨匠といわれるシェフのハンバーグを食べてきてたけど、それとは比べられない味わいというか。そんで、味覚につながる記憶というのか、ザリガニ釣りのとき友達とケンカして口きかへかったけど、あとで仲直りしたこととか、次の日の弁当にもハンバーグが入ってて嬉しかったこととか、子どもの頃の懐かしい記憶が一気に蘇ったんです。

 

僕、そのとき、「あぁ、食べ物ってこういうことなのか」と身に染みたんですよ。母が手作りの料理を通して僕たちに何をしてくれたのか。当時、母はただ必死だったかもしれません。でも、一生懸命育ててくれたなかで、手作りのご飯を通して、僕らにかけがえのない思い出をつくってくれてたんだなって。

 

もちろん、母は食育をしようなんて思っていなかったと思います。でも、僕はそういう体験をした。そのことを身体で実感したときに、食べ物には、胃袋だけでなく、心も満たす物語があることに気づいたんです。食に携わる仕事をしている以上は、そのことを大事にしたいし、物語をちゃんとキャッチできるおっちゃんになろうと思ったんです。そこからグルメリポーターの仕事に拍車がかかっていって、太っていったという。

 

── お母さんが彦摩呂さんたちのために作っていたハンバーグは、どんな名店のハンバーグも及ばない、特別なごちそうですね。

 

彦摩呂さん:本当にそう。ハンバーグ1個で、こんな幸せな思いができるんだと実感して以来、食の大切さを世の中のお母さんに伝えたい。そんな思いが高じて、食育インストラクターの資格を取ったんですよ。

 

世の中のお母さんたちには、何かひとつでもいいから、子どもと食べ物の思い出を作ってほしいなって思いますね。もし忙しくて料理を作るのが大変だったら、買ってきたパンでもいいから、半分こして、子どもの目を見ながら「おいしいなあ」って笑い合いながら食べてほしい。そういう思い出って、大人も子どもも関係なく、心を豊かにしてくれると思うんです。

 

取材・文:たかなしまき 写真:彦摩呂