「籍を入れて、相手を『私のもの』『あなたのもの』と所有される感覚がどうしても苦手なんです」。歌手の北山みつきさんは日本人との2度の結婚を経て、一夫多妻制のお国柄を持つサンコンさんの第3夫人になる道を選びます。日本の法律上は婚姻関係になれないにも関わらず、2018年、あえてパートナーであることを公表した理由とは。
きっかけは「サンコンの元気を吸い取りたい」
── ギニア出身のタレント、オスマン・サンコンさんの「第3夫人」となったことを、2018年に公表した歌手の北山みつきさん。おふたりの始まりは、北山さんからの猛アタックだったそうですね。しかも、そのきっかけは、ご自身が大病をされたことだったとか。
北山さん:2016年頃、ニューカレドニアに向かう飛行機の中で経験したことのないような強烈な頭痛に襲われました。すぐに日本に引き返して受診したところ、脳動脈瘤と診断され、カテーテル手術を受けましたが、長期入院を余儀なくされました。
退院後もベッドから起き上がれず、トイレに行くのもやっとの状態。つらくて、痛くて、とにかく元気になりたかった。そんなとき、なぜか頭の中に突如として現れたのが、サンコンの笑顔でした。ただ、その時点では、過去に2度会った程度で「ただの顔見知り」の関係だったんです。
── 病床で突然サンコンさんの顔が…?しかも深い関係だったわけでもないのに、なぜだったのでしょう。
北山さん:自分でもわからないんですよね。でも、極限の状態で誰かに助けてほしかった。ほら、彼って見るからに元気をくれそうじゃないですか(笑)。底知れぬ生命力を感じる彼から「元気を吸い取りたい!」って。
──「癒やされたい」でも「元気をわけてもらいたい」でもなく、「吸い取りたい」だったんですね(笑)。そこからすぐにサンコンさんに連絡を?
北山さん:いえ、しませんでした。同情で会ってもらうのは嫌だったんです。だから「ちゃんと元気になってから会いにいこう」と決めて、それをリハビリの目標にしました。「今日は玄関まで行ってみよう」「今日は犬と散歩に出よう」と。でも、途中で具合が悪くなってベッドに戻る。その繰り返しを数か月間、続けていました。

── たった2回会っただけの顔見知りの存在が、つらいリハビリを乗り越える支えになった。それだけ強い思いだったのですね。
北山さん:以前会ったときに電話番号は聞いていたので、リハビリを経て、ある程度動けるようになってから思いきって連絡したんです。ところが彼は私のことを覚えていなかった(笑)。一緒に撮った写真を送って、ようやく思い出してもらい、お互いのマネージャーを交えて4人でお茶をすることになりました。
ただ、私としては、単に「言い寄ってきた女性のひとり」として軽く扱われるのだけは絶対に嫌だったんです。彼はすごくモテますから。だからすぐに告白するようなことはしませんでした。自分が病気だったことも、彼に会いたくて必死にリハビリを頑張ったこともいっさい伏せて。弱っているところを見せて気をひくようなことはしたくなかったんです。守られる「か弱い存在」ではなく、彼の横に並んで立てる女性として見てほしくて。
だから、お付き合いが始まる前から、これまで打ち込んできた国際支援活動の話をたくさんしました。学校を回って文房具やランドセルを集めて送ったり、地元の藤沢市の議員さんと協力して、消防車や救急車を彼の母国であるギニアへも届けたり。ただ彼を支えるだけの関係ではなく、同じ志を持って動けるひとりの人間として、共に歩める存在だと認めてほしかったんです。そうした活動の積み重ねを経て、ようやく対等なパートナーとして認めてもらえるまで、3年くらいかかりましたね。