割烹着にデニムが定番だった母

── お母さんは、普段は割烹着をよく着ていたそうですね。
アイリさん:割烹着にデニム姿が定番でした。それも料亭で着るような割烹着ではなく、その辺のスーパーで売ってるような、かわいいキャラクターが入ってる割烹着なんです。デニムは破れてもずっと同じものを履いているので、「頼むから破れたデニムは履かないでくれ」と父から言われるくらい。自分の見栄えよりも部屋のため、家族のために動いてくれました。
── アイリさんから見てどんなお母さんだと思いますか?
アイリさん:とにかく明るくて元気ですね。うちは父が寡黙で人の3倍しゃべらず、母は人の10倍しゃべります。父がニコニコしながら母の話を聞いていて、母がいると場の空気がパアッと明るくなるんですよ。私も母と似てすごくしゃべるので、私と母が一緒にいるとかなり賑やかなんですけど。
── 相撲部屋のおかみさんは先ほどの祝賀会もしかり、かなり大変な仕事だと思います。
アイリさん:そうですね。小さい頃から母のおかみ業を間近で見てきましたが、いいときのほうが少ないというか…。若い男の子たちが多く、勝負の世界ですから、どうしたって大変なことが起きるんですよね。「もうダメかもしれない…」と思うような事態が何度も起きましたが、そのたびに母は立ち上がって。
もちろん、相撲に関しては父やマネージャーさんに任せていましたが、相撲以外のこと、共同生活をするうえで起こる困りごとは母がすべて対処していたと思います。
── 相撲以外の細やかな対応、気配りも欠かせないのですね。
アイリさん:はい。みんなの話もよく聞いていたし、うちは「母がおかみだったから今まで部屋が続いてきた」と言ってくださる方がいるほど、娘の私から見てもすごいなと思っていました。
あと、地方場所に行くときは1か月半くらい滞在するので、力士の荷物(まわしや浴衣)ほか、大量の食料品、鍋などの調理器具など…引っ越しさながらの荷物をトラックで運ぶ必要があるんです。毎回母とマネージャーが段取りを組んで、準備をしていました。