2016年に急性リンパ性白血病と診断されたJリーグ・アルビレックス新潟の早川史哉選手。筑波大学卒業後、すぐに闘病生活を送ることになった彼を支えたのは、大学時代から付き合っていた妻・真優さんでした。当時、真優さんが感じていた夫の異変とは── 。

主人とは筑波大学の同級生だった

早川史哉
2016年に急性リンパ性白血病と診断された早川史哉選手

── 早川さんとご主人の史哉さんが出会われたのは大学だったそうですね。

 

早川さん:私も主人も筑波大学の出身なんですが、体育専門学群の同じクラスでした。ただ、最初は会話をするというほどでもなく、「同じクラスの人」程度の認識で。実際に会話をしたのは3年生になってからです。

 

友だちから彼が蹴球部(サッカー部)で、世代別の日本代表に選ばれているほどの選手だということは聞いていましたが、筑波大の体育学群の人には競技成績が日本代表や世界レベルの人が多いので、最初は「やっぱりそういう人っていっぱいいるんだな」というくらいだったんです。

 

3年生になる頃に同じクラスの知人を通して、みんなで食事することになったんですが、会話らしい会話をしたのはそこが初めて。そこでサッカーの話題などで意気投合しました。

 

── そのときに一気に距離が縮まったんですね。

 

早川さん:当時、ちょうどワールドカップ(ブラジル大会)が開催されていて、私も父や兄の影響でサッカーを観ることが好きだったので、その話題で盛り上がったんです。それで距離が一気に縮まったような気がしますね。その後、彼と付き合うことになりました。

 

── 当時、ご主人にはどんな印象を持たれていましたか。

 

早川さん:今も変わらないんですが、サッカーに対してはすごく真面目というか、ストイックに取り組んでいるという印象ですね。最初は寡黙なイメージだったので、コミュニケーションを取るのが苦手なのかなとも思っていました。付き合うなかでその印象は変わりましたけれど。

 

── 大学入学当時、早川さんはご自身の将来やキャリアについてはどのように考えていたんですか。

 

早川さん:もともとは中学、高校の体育教師、またはスポーツに関する職業に就きたいと考えていました。ただ、入学当時は想定していなかったんですが、3年生のときに運動栄養学研究室を選択することに。栄養面や食事面で主人をサポートできたらいいなという思いもあって大学院に進学することを決めたんです。