13歳でアイドルになるも芽が出ず、18歳で後輩のバックダンサーを務めたときには「落ちるところまで落ちた」と失望したと話す元HKT48の村重杏奈さん。実家に逃げ帰るも両親に追い返され、渋々ステージに戻った村重さんは、「太ったふてぶてしい人」になり下がっていました。そこから、本人も想像だにしなかった逆転劇が始まります。
「腫れもの」だった私。まずは不機嫌な自分を卒業しよう
── 13歳からHKT48に所属するも、なかなか人気が出ず18歳で一度実家に帰ったそうですね。ところが、ご両親から「ファンをひとりでも増やしてこい」と追い返され、悶々とアイドルを続ける暗黒時代を経て、20歳を過ぎたころに後輩をイジる先輩として「楽屋番長」の地位を確立されます。
村重さん:実家から追い返された当初は、メンバーにも腫れもの扱いされていましたね。親に「辞めるな」と言われたから仕方なくいる、みたいな感じで。今より10キロくらい太っていたけど、痩せる気もなかったし、かわいい衣装を着こなしたいという気持ちもなくて。挨拶もろくにせず、いつも不機嫌な態度を取っていたので、後輩からしたら困った先輩だったでしょうね…。

20歳を過ぎたあるとき、ずっと悩みを聞いてくれていた地元の友達に「もういい加減アイドル辞めたい」とグチったことがあったんですが、そのときに「本当にやりきったって言えるの?」とビシッと言われて、ハッとしました。私、何の努力もしないで不機嫌なまま、何ひとつやりきってないじゃんって痛感したんです。
親と「卒業を惜しまれる人になるまではアイドルを辞めない」と約束した手前、まずは今の不機嫌な自分を卒業しなきゃと思いました。実は、大人になればなるほど、機嫌悪そうにしている人っていちばん幼稚で恥ずかしいって、薄々気づいてはいたんです。
だからまずは、親しみを感じてもらえるような人になりたい、ちょっとぽっちゃりしていたとしてもせめて優しい人になろうと決意しました。その日から、今まで不機嫌な顔で素通りだったのに「おはようございまーす!」と元気に挨拶してから楽屋に入ったりして(笑)。できることから少しずつ実行していったんです。