医師から引退勧告も復帰を確信した少年の言葉

松本光平
2019年、FIFAクラブワールドカップに日本人唯一の出場を果たす (c)ONE CLIP

── 無事に眼球が固定された後、すぐにサッカーを始められたのでしょうか。

 

松本さん:2週間のうつ伏せ生活で治療は無事に成功しましたが、視力が回復したわけではないので、医師からは「サッカーなんて2度とできるわけがない」と言われました。

 

── それは…ショックですね。

 

松本さん:いえいえ、落ち込む暇なんてないですよ。事故の直後から僕の頭の中は「どうやったら年末のFIFAクラブワールドカップに間に合うか」でいっぱいでした。実際に全盲でスポーツをしている人もいるじゃないですか。たとえ周りから無理だと言われても、体を動かすことに制限がないならばリハビリすればいいと思いました。

 

そうはいっても左目がぼんやり見えるだけなので、最初は真っ直ぐ歩くことも難しい状態。そのため、まずは歩くリハビリから始めました。朝から夜まで公園でひたすら歩くことを1か月続けて。片目だけだと遠近感が掴みづらく、酔った感覚で気分が悪くなるなど、以前とは感覚がまったく違いましたね。

 

歩けるようになったら次は走る練習、さらにターンや細かい動き、ボールトレーニング、初心者向けのフットサル教室に参加するなど、年末の試合に間に合うように逆算して練習レベルを上げていきました。どれも最初からうまくはできませんが、徐々に慣れていきました。

 

僕はある程度ふつうに生活ができるため、パッと見だと目が悪いように見えないようなんです。見えていないことに気づかれることがあまりなくて、フットサル教室では周りからは「素人の初心者が来た」と思われていたみたいです。

 

── こんなにも大きな怪我をしたにも関わらず、ずっと前向きな気持ちでいられるのがすごいです。

 

松本さん:もちろん不便なことはたくさんありますよ。車の運転はもうできないですし、細かい文字は読みづらい。目に負担をかけないためにメールやLINEも使いません。左目の視力も調子によって差を感じることがあります。料理は、今では感覚でだいぶできるようになりましたが、最初は野菜の皮をむくのが難しかったのです。

 

それでも、「絶対にサッカー選手として復帰してやる」という意地というか、自分に負けたくないという気持ちが強くて。サッカーを諦めようと思ったこともなかったし、後ろ向きになったこともなかったですね。

 

── 前向きな松本さんの姿を見て、応援してくれる人も多かったのではないですか?

 

松本さん:とても印象に残っているのが事故のことを知った後、友人が僕のことを知ったある子どもからメッセージを預かってきてくれたんです。その子は小学1年生のときに片目に木の枝が刺さって失明しました。サッカー少年だったようでしばらくは片目での生活に苦労も多かったようなのですが、3年かけてリハビリをして今では元気にサッカーをしているそうです。それで僕にも「頑張ってほしい」と。

 

その話を聞いて、僕も3年かければ絶対に復帰できるという確信を持てました。僕が復帰してプレイすることで、今度は僕が同じような境遇で悩んでいる人たちの希望になれればと思っています。

 

取材・文:酒井明子 写真:松本光平