「支え合う」は言葉ほど簡単なことじゃない
── がんの闘病生活は当事者はもちろん、支えるパートナーにも大きな負担がかかってしまうのかもしれません。
井出さん:心身の負担だけなく、治療費による経済的な負担もありました。抗がん剤治療には月約9万円かかり、彼が負担してくれていたんです。私は通院などで思うように働けず、経済的にも彼に頼らざるを得ない状況だったので。そのため、夫婦の関係は少しずつ対等ではなくなっていった…と感じています。
どちらもサポートが必要だったのに、相手を気遣ったり、支えたりする余裕がなく、共倒れしていたのかもしれません。病気をする前の私は、バリバリ働いていたし、夫とは対等な関係だったのですが…それがガラガラと壊れていくような感覚でした。

夫のアルコール依存症を改善させるため、私は病院や自助グループ(同じ立場や経験を持つ人が交流し、回復を目指す集まりのこと)を探しました。支援者ともつながることができたんです。だから「いつかはよくなる」と信じていて…。でも、お酒をやめるのは難しいことでした。しばらくの間はやめられても、飲んでしまい、暴言を吐くの繰り返しでした。
アルコール依存症は脳の病気であり、理性だけではどうにもならないと痛感する毎日で…。いつも夫に振り回され、私自身のがんについて思いわずらう余裕もないほどでした。夫には情があったし、これまで支えてくれた感謝もありました。でも、夫の暴言は止まらず、何度も「離婚してやる」と怒鳴られて…。私にとってはトゲのように刺さる言葉で、ある時「もうダメだ」と限界を感じました。
「もう一緒に生きていけない」と伝えたのですが、夫はみずから別れる言葉を発していたのに、実際に離婚することをまったく想像していなかったようです。でも、夫婦の結末生涯をともに生きるはずだった人との生活に、終止符を打つことになりました。
── 夫婦の関係に終止符を打つまでには葛藤もあったと思います。
井出さん:振り返ると「支え合う」というのは言葉で言うほど簡単ではありませんでした。大きな困難の前では、お互いが不安定になるし、自分のことでせいいっぱいになってしまいがちで…。関係のバランスを保つこと自体がとても難しいんです。
2025年、私のがんはようやく寛解状態になりました。診断から10年、本当にさまざまな経験をしました。もちろん、がんに罹患したからといって、誰もが離婚を選ぶわけではないと思います。「あの時、どうしたらよかったんだろう」と考えることもありますが、今でも正解はわかりません。それでも私は、自分の選択を後悔していません。あの時、必死に日々を過ごした結果だからです。当時の決断が今の自分を形づくっていると思っています。
取材・文:さいだ多恵 写真:井出久日子