「母親の命令は絶対だった」と話すのは、タレント・司会者として活躍するUK(楠 雄二朗)さん。母親の夢を叶えるため、幼少期から、違和感をもちながらも芸能界での活動を続けていました。大学時の就活をきっかけに「もう辞めたい」とようやく言えたUKさんに、母親が言い放ったのは、「ママは生きていけない」という残酷なひと言でした。そこから25年、苦しみもがく日々を生き抜いたUKさんの本当の「親卒」とは?
母の口癖は「芸能界で有名になって」だった
── 現在、テレビやラジオなど幅広く活躍されているUKさんですが、お母さんの希望で幼少期から芸能活動を始めたそうですね。

UKさん:はい。母は熱心なステージママでした。母自身、大学生でモデル活動を始めて、深夜の人気番組にカバーガールとして出演した経験があり、女優をずっと夢見ていて。芸能界で華々しく活躍したいと願っていたものの、その夢を断念し、家庭に入ったんです。
そんな経緯もあり、僕が物心ついたころには毎日のように芸能界を諦めた無念の思いを聞かされるように。そのうち僕は、母の知人が経営するモデル事務所に所属し、キッズモデルとして活動するようになりました。
母の当時の口癖は「芸能界で有名になって」。でも、当時の僕は人気おもちゃメーカーの説明書の表紙モデルに選ばれた程度です。どんなに頑張っても、その状況では母からは褒めてもらえませんでした。