「きもい」「死ね」と言われるのが当たり前。全身に茶色いシミや腫瘍が広がる難病「レックリングハウゼン病」を抱える大河内愛美さんは、凄惨ないじめの中で幼少期を過ごしました。 同級生から「殺しに行く」と追われ、蔑称で呼ばれる地獄のような日々。そんな彼女が絶望に飲み込まれず、学校に通い続けられたのは、ある「誓い」があったから。 「芸大に行って、ガラス作家になる」——。 いじめを「卒業という作業」に変えて生き抜き、夢を掴み取った彼女の、静かで強い逆転劇に迫ります。

大きな木の枝を引きずり「おまえを殺すため」と追われた日

大河内愛美
いじめに苦しんだ幼少期

── 見た目を理由に、小学生のころからいじめに遭われたそうですね。

 

大河内さん:当時は知らなかったのですが、レックリングハウゼン病という難病のせいでずっといじめられてきました。症状としては、「カフェオレ斑」という茶色いシミや、イボのような神経線維腫という腫瘍が体中にあります。親には「生まれつきあるんだよ」と言われていて、それが病気のせいだとは思ってもみませんでした。産まれた病院や小児科でも説明されたことはなかったので、親も知らなかったと思います。

 

小学校低学年くらいから、「きもい」とか「死ね」とか言われるのがあたりまえでした。いじめてくるのは男の子が多かったですね。女の子は、誰もいないところでは普通に話をするのに、みんながいるところでは話してくれなくなるんです。

 

一度、習い事の帰りに同級生の男子が大きな木の枝を引きずってついてきたことがありました。「どうしてついてくるの?」と聞いたら、「おまえを殺すため」と言われて。「本当に殺される」と思って、すごく怖かったです。

 

── 子どもとはいえ、あまりにひどいです。先生や親御さんに相談は?

 

大河内さん:相談はしなかったので、先生は何もしてくれませんでした。親にも、心配をかけたくなくて話しませんでしたし。

 

学校へ行くのがつらかったけど、当時の私には、「学校に行かない」という選択肢はなかったです。何があっても学校には行くもの、と思っていました。心の支えと呼べるものは正直、何もなかったです。でも、「ガラス作家になりたい」という夢を見つけてからは、その夢に向かってがんばれました。

 

── 小学生が抱く夢にしてはかなり具体的な気がします。ガラス作家になりたいと思ったきっかけは何だったのですか。

 

大河内さん:『TVチャンピオン』という番組がきっかけです。吹きガラスの職人さんたちが、たくさんのパーツを持ち寄って大きな作品を作っていました。キラキラしていてきれいで、「私もやってみたい」と思いました。もともと外で遊ぶより、泥団子を作ったり、工作をしたりするのが好きだったんです。

 

家族にものづくりをする人はいませんが、父に「芸大に行かないとガラスづくりはできないよ」と言われて、「じゃあ、将来は芸大に行こう」と決めました。