「右から左へ受け流す」の歌ネタで、2007年に日本中を席巻したムーディ勝山さん。最高月収640万円、予定表は真っ黒。しかし、熱狂が去った後に待っていたのは、今の妻にすら「仕事がない」と言い出せない孤独な日々でした。仕事に行くフリをして公園で過ごした惨めな日々を、彼はどう乗り越えたのでしょうか。

「右から左へ受け流す」で月収640万、絶頂の裏で失ったもの

── 2007年、白いスーツにひげ面で「右から左へ受け流す」の歌ネタを披露し、一世を風靡したムーディ勝山さん。当時は予定表が真っ黒になるほど仕事が殺到していたそうですね。

 

ムーディ勝山さん:毎日、ロケと収録のハシゴで「今どこにいるのか」もわからないほどでした。次から次へと仕事の予定が埋まり「人生ってこんなに変わるものなんだ…」と、驚きでいっぱいで。イベントをすればたくさんの人が集まってくれるし、みんなが僕の芸を楽しんでくれました。

 

当時、芸人になって6〜7年。ロクにフリートークの経験もないまま、いきなり全国放送のひな壇に放り込まれて…。有吉さんなどの人気芸人を前に、必死でしがみついていました。最高月収は640万円。どれだけ後輩に奢ってもお金が減りませんでした。

 

ムーディ勝山
生後6か月のムーディ勝山さんとお父さん

── そのいっぽうで、当時はコンビ(アイスクリーム)を組まれていましたが、人気の格差で関係が悪化したと伺いました。

 

ムーディ勝山さん:世間が求めるのは「右から左へ」のピンのネタだけ。なかなか漫才をする場を作れませんでした。相方だった梶剛とはバッチバチに仲が悪くなっていきました。正直なところ僕自身も「俺は売れっ子だ」と、どこかで調子にのっていたんだと思います。相方に対してかなりきつい接し方をしていた気がして…。

 

2010年には解散の道しかありませんでした。今の僕だったら、もうちょっと相方との向き合い方や、コンビの仕事への取り組み方も違ったものになったかもしれません。申し訳ないことをしてしまった…と思います。