「片目が見えないことは、モデルとして致命的だね」。生まれつきの疾患で左目を失明した吉野奈美佳さんは、オーディションで幾度となくその言葉を突きつけられてきました。100回以上の不合格、そして右目も失明するかもしれないという恐怖…。絶望の淵にいた彼女が、なぜ自力で「パリコレ」の舞台を掴み取ることができたのか。華やかなステージの裏にある、公的支援も受けられない「グレーゾーンの障害」のリアルを伺いました。

100回の不合格、「来世は健康に」と自分を否定した日

吉野奈美佳
大学2年生のとき。ウォーキング練習中

── 2022年にはモデルの世界大会で準グランプリ、24年にはパリコレに出演。モデルとして輝かしい実績ですが、生まれつきの疾患で左目を失明した吉野さんは、そこに至るまでは差別的な言葉を投げられることもあったそうですね。

 

吉野さん:小学2年生からモデルを目指し、高校生のころからオーディションを受け始めましたが、100回以上落ちました。片目しか見えないと距離感がつかめず、真っ直ぐ歩くことすら難しい。ハンデを克服すべく独学で猛練習しましたが、面接で失明を伝えると「致命的だね」と露骨に嫌味を言われたこともあります。

 

── そんな言葉を突きつけられて、心は折れませんでしたか?

 

吉野さん:何度も自己肯定感をそがれました。なにをするにも普通の人の倍の時間がかかる自分にもどかしさを感じ、「来世はもっと健康に生まれたい」と自分を否定したこともあります。でも、2017年の「ミス・ユニバース・ジャパン」北海道大会で準グランプリに選ばれたとき、初めて努力が報われたと感じました。外見だけでなく「同じ境遇の人のロールモデルになりたい」という私の内面を、世界基準の大会はしっかり見てくれたんです。

完璧ではないからこそ「努力でなれる美しさ」を証明したい

吉野奈美佳
「ミス・ユニバース・ジャパン2017北海道大会」で準グランプリに選ばれた

── そもそも、なぜそこまで「モデル」という過酷な道を目指したのでしょうか?

 

吉野さん:小学校で失明し、いじめにあった当時の私は、左右で見た目の違う自分の目や顔が嫌いでした。そんなとき母が、テレビに映るアジアンビューティな女性を見て「奈美佳に似ているね。きっと世界で愛される人になれるよ」と言ってくれた。そのひと言が、暗闇の中にいた私の光になったんです。

 

── お母さんの言葉が、逃げ場のない毎日の「武器」になったのですね。

 

吉野さん:はい。ミス・コンテストは完璧な美しさを持つ人ばかりの場所。でも私は、「完璧ではない人間が、努力で手に入れる美しさ」にも価値があると信じたかった。モデルとして先駆者になることで、同じ障害を持つ人たちの背中を押したい。その一心で、地下アイドルとしてファンの声に支えられながら、一歩ずつパリコレへの階段を登ってきました。