片目を失明したことで起こる「距離感の喪失」は、教室という狭い世界では単なる「どんくささ」として映り、周囲の理解を得ることはできませんでした。世界で活躍するモデルの吉野奈美佳さんは、小学校2年生のときに左目を失明。クラスには自分の不自由を理解してくれる友人はいませんでした。それでも、彼女があえて“他人の視線”にさらされるモデルの道を選んだ理由を伺いました。
クラスメイトには、「本当の理解者」はいなかった

── モデルとして世界を舞台に活躍されていますが、学生時代は片目を失明したことが原因で、過酷な孤独の中にいたそうですね。
吉野さん:はい。私は生まれつき第一次硝子体過形成遺残という先天性の疾患があります。眼球の中にあるゼリー状の硝子体とそこにある血管が、成長の途中で消えずに残ってしまう疾患です。目が揺れる、視線が合わない、視力障害などの症状が起こると言われています。
その疾患が原因で、小学校2年生のときに突然、左目の視力が完全になくなりました。片目が見えないと視野が狭く、距離感がつかめません。球技がうまくできなかったり、何をするにも人より時間がかかったりして、ひどく疲れてしまうんです。
── 周囲にはその不便さは伝わらなかったのでしょうか?
吉野さん:左目が見えないことはクラスメイトに伝えられていました。でも、それが「なぜ球技ができない理由になるのか」までを小学生が理解するのは難しかった。うまくできない私に対し、クラスメイトの苛立ちは募りました。
先生は私の不自由さをわかってかばってくれましたが、クラスメイトとは表面的なつき合いしかなく、助けてくれるような友だちはいませんでした。この身体的な不自由さを分かち合える「本当の理解者」はいなくて、教室ではずっと孤独でした。
── 日常生活でも、目に見えない不便さがつきまといますよね。
吉野さん:プリント配布すら距離感がわからず苦手でしたし、今でも、焼肉屋さんでトングでお肉を掴むのには苦労します。左側から話しかけられても気づかないこともあります。「わざと無視している」と思われてしまう…。見た目にはわかりにくいからこそ生まれる誤解が、いちばんしんどかったですね。