人生のピンチ 振り返れば違う意味を持つことも
── もうひとつは何だったのでしょうか?当時、人気も絶頂でメディア出演が相次いでいました。仕事のプレッシャーも相当だったんですかね。
Mr.マリックさん:仕事でもつねに追い詰められていました。テレビの特番が続いて新しいマジックを次々考えなければなりませんでしたから。さらに、急に有名になったことで、事務所内でテレビ出演の担当とステージ営業の担当、それぞれのマネージャーの間で、私の時間の奪い合いが起きていたんです。体はひとつしかないのに、分刻みで予定を入れられる。いちばん忙しいときはヘリコプターで移動し、新幹線の中でも取材を受け、ショーの合間には写真撮影。家では特番用の新しいマジックを考えて猛練習。寝る時間なんてほとんどありませんでした。
── まさに逃げ場のない状況が重なっていたんですね。顔面神経麻痺の治療は、どんなふうに進んだのでしょうか。
Mr.マリックさん:当時は、のどに直接、麻酔注射を打ち込む治療法でした。注射における「三大激痛」が、目、のど、脊髄と言われるほど痛いらしくて。実際、これがもう本当につらいんです。痛みで暴れてしまうので、4人がかりで押さえつけられて注射を行う。それを1日2回です。同じ症状の方が順番にカーテンの奥で注射を受けていくのですが、悲鳴が聞こえてくるんですよ。「次は自分の番か…」と怯えながら待つ、地獄のような時間でした。ただ、この病気になったことで、結果的によかったこともありました。
──壮絶な治療の先にあった「よかったこと」とは、いったいなんでしょう?
Mr.マリックさん:いちばん大きかったのは、禁煙できたことですね。それまでは1日1箱吸うほどヘビースモーカーでしたが、喫煙は血流を悪くして神経の回復を妨げるので、治療中はたばこが厳禁。先生から「1本吸ったら、(治療の)注射が1本増えると思ってください」と、くぎを刺されました。それを聞いた瞬間、即座に禁煙を決めました。
── のどの注射は、ヘビースモーカーだったマリックさんに一発で禁煙を決意させるほどの痛みだったわけですね…。
Mr.マリックさん:それがなければ今も吸っていたかもしれません。まさに人生のピンチだと思えることも、後から考えると、乗り越えた先に別の道が開けることがあります。仕事の面でも大きな転機がありました。
── どんなできごとがあったのでしょう。
Mr.マリックさん:ある局で番組をやっていた時期に、他局に出演したことで関係がこじれてしまって。当時はテレビ局の「かぶり」、つまり同じタレントが複数の局に出ることへの縛りが今よりずっと厳しかったんです。結果的にその局とは縁が切れることになりました。
困っていたら、別の局から声をかけていただいて。そこで「どうせならキャラクターを変えてみませんか?」と提案されたんです。それで、初めてサングラスと髪のメッシュを入れることにしました。
── 今のトレードマークが生まれた瞬間だったのですね。
Mr.マリックさん:それまで度つきのサングラスがない時代だったので、かけるとカンペが読めなかったんですよ。だから、かけたりかけなかったり。でも、度つきサングラスが登場したことで「これで新しいキャラが作れる」と思いました。衣装もふつうのスーツから、当時流行していた、スター・ウォーズの衣装を参考に、スタイリストさんもつけてもらって。そうして今のMr.マリックができたんです。つまり、いったん縁が途切れたからこそ、新しい自分に生まれ変わるチャンスが巡ってきたわけです。
── ピンチが次の扉を開いたんですね。ただ、麻痺がひくまでには、かなり時間がかかったと聞きました。それまで撮影はどうやって乗りきったのでしょうか。
Mr.マリックさん:動かないまぶたをテープで直接固定してムリやり開かせ、サングラスをかけていました。視聴者の方には気づかれないように「Mr.マリック」を演じ続けていましたね。