「ハンドパワー」「きてます」誕生の瞬間

── ユリ・ゲラーさんとは面識があったのですか?

 

Mr.マリックさん:いえ、まったく。「当たって砕けろ」の精神です。ですが、公演の日程を間違えてしまい、会場に行っても会えず。落ち込んでいたら、たまたまユリ・ゲラーさんに懐疑的だったマジシャンで、研究者のジェームズ・ランディ氏と知り合い、彼と一緒にロスまで同行。結局、ユリ・ゲラーさんには会えませんでしたが、ランディさんからスプーン曲げのコツを教わることができました。

 

── 無謀ともいえる行動力が、次の扉を開いたのですね。

 

Mr.マリックさん:帰国後は実演販売を続けながら資金を作り、1982年、東京に念願のマジックショップを開店しました。すると、テレビ局から「特番でタレントにマジックを指導してほしい」と、声がかかりました。「私がやったほうがおもしろいですよ」と名乗り出たのですが、「知名度がないから」と断られました。

 

ならば知名度を上げる「場」を作ろうと、ホテルのラウンジでテーブルを回り、至近距離でマジックを見せ始めたんです。スプーン曲げなどを披露しているうちに評判が広まってテレビ局から声がかかり、そこからテレビの世界に進出するようになりました。

 

Mr.マリック
一緒にYouTube活動をするなど次世代の育成にも力を注ぐMr.マリックさんがマギー司郎さんと忘年会を開いた際のオフショット

── のちにマリックさんの代名詞となる「ハンドパワー」「きてます」は、そのときに生まれたセリフだそうですね。きっかけはなんだったのでしょう。

 

Mr.マリックさん:スプーン曲げをしたら「これって何ですか?(どうしてできるんですか?)」と聞かれ、「さあ、なんでしょうね?」とごまかしていたんです。すると、私の手を触ったお客さんから「なにか出てるんですか?」と聞かれ、曖昧に「出てるんでしょうね…」と返すと、「ハンドパワーですか!?」と。これがハンドパワー誕生の瞬間でした。

 

お客さんたちが「(パワーが)きてる、きてる!」と盛り上がって。そういうやりとりが毎日のようにあったんです。色紙に「きてます!」と書いてほしいと言われたのも、お客さんから。私が流行らせようと思って作ったものなら、ブームにはならなかったでしょう。流行というのは、そういう「場や空気」から自然に生まれることが多いんじゃないですかね。

 

── その後、1992年にユリ・ゲラーさんと初めて対面されました。どんな印象を持たれましたか?

 

Mr.マリックさん:来日中の彼から電話をもらい、ホテルの部屋を訪ねました。すると、テディベアで埋め尽くされていて驚きました。聞けば「パワーを注入しているところだ」というんです。パワーが出るぬいぐるみとして売り出される予定だと聞き、彼は優れたビジネスマンなのだと思いました。

 

批判する人もいましたが、彼自身は「不思議なパワーはそれぞれの心の中にある。自分を信じることが大事」というメッセージを伝えたくてやっているんだ、と話していましたね。だから彼は、何を言われても言い返さなかったのでしょう。私にとって、人生を変えるきっかけを与えてくれた存在でもあります。彼が現れなければ、ニューヨークまで会いに行こうなんて考えもしなかったでしょうから。結果的に、あの一歩が次の出会いを呼び、今につながっています。

 

取材・文:西尾英子 写真:Mr.マリック