ほぼ手弁当でひとつのコンサートを続けているのが、歌手の鳥羽一郎さん。自身もマグロ船の漁師だった縁もあり始めた、「海難遺児のチャリティーコンサート」です。歌手活動に加えて37年間で94回の歩み。続けていく原動力がありました。

師匠から「お前も船に乗っていたんだから」と

 ── 1988年から海難遺児チャリティー・漁港コンサートを開催している鳥羽一郎さん。海難遺児とは、漁業従事中に発生した事故で親を失った子どもたちのことを指します。チャリティーコンサートを始めたきっかけを教えてください。

 

鳥羽さん:デビューして間もないころだったと思います。岩手県にコンサートに行き、釜石のホテルに宿泊。そのホテルのフロントで、海難遺児に対して募金をつのるチャリティボックスが目に留まりました。海難遺児?と疑問に思っていたら、師匠の船村徹先生が言うんです。「海の事故で家族を亡くした子どもたちがいる。お前も船に乗っていたんだから、そういう人を支援する活動をしたほうがいいぞ」と。

 

私自身、マグロ船に乗っていた時代に何度も危険な目にあいました。実際に海難事故で友人も亡くしています。そうした経験を踏まえ、漁港を舞台にチャリティーでコンサートを開くことにしたんです。第1回が1998年6月、会場は茨城県・那珂湊漁港でした。

 

鳥羽一郎
海難遺児チャリティーコンサートの舞台をライフワークとしている

── 以来、北海道から沖縄まで、全国各地の漁港に足を運んで回を重ねられています。現在、何回目になるのでしょうか?

 

鳥羽さん:直近の2025年11月で94回目です。チャリティーコンサートで集まったお金は漁船海難遺児育英会に全額寄附。これまでの寄附額はトータル約1億円に達しています。

 

ただ、最初からチャリティー活動がうまくいったわけではありません。会場で募金を呼びかけても思うように集まらない。募金が集まるようになっても金額は微々たるもので…。正直、最初のころはやる意味があるのだろうか…と思った時期もありました。