居酒屋で手渡された紙ナプキンに託された言葉
── その少年はどうなったのでしょうか?
鳥羽さん:下積みを経て、約3年間、マグロ船に乗って立派な男になって日本に帰って来ましたよ。戻ってからは暴走族の仲間ときっぱり縁を切ったそうです。厳しい環境でもまれたことが、彼を更生させたんだと思います。もちろん、私もそれを期待しマグロ船をすすめたので、願ったり叶ったりでうれしかったですよ。
その後、彼は北海道に行って牧場で10年ほど働き、現在は九州の地元に戻って母親のめんどうを見ながら元気に仕事をしているようです。
── 見知らぬ人から感謝される場面もあったとか。
鳥羽さん:家族で焼き肉店に行き、食事をしているときでした。ひとりの男性が近づいてきて、テーブルに紙ナプキンと焼酎1本を置くんです。紙ナプキンには「その節はお世話になりました。いまは社会復帰して頑張っています」と、走り書きがされていました。きっと私が以前、慰問に伺ったどこかの刑務所で服役していて、そこで歌を聞いたお礼を伝えたかったのでしょう。「刑務所で」などとは店内にいる周囲の目もあって口では言えず、紙ナプキンにしたためた言葉と焼酎で感謝の気持ちを表したわけです。
私のコンサート会場でも、同じようなことがよくありますよ。ちょっとした感謝の品とともに、「いまは一生懸命頑張っています」と口にする程度ですが、それだけで私は察しがつきます。
『一厘のブルース』は再出発への応援歌
── 罪を犯した人の社会復帰は非常に難しい。刑務所を出ても職につけないためか、「再犯して再び刑務所へ」というケースは少なくないと聞きます。
鳥羽さん:大阪に本社を置く「千房」というお好み焼きチェーンがあり、そこでは刑期を終えた人を積極的に採用しています。創業者である中井政嗣会長の考えからです。話を聞かせてもらい、感銘を受けました。それで、そうやって再出発する人にエールを贈る歌を作ろうという話になったんです。
── なんという歌ですか?
鳥羽さん:『一厘のブルース』(2013年)。九分九厘ダメでも、一厘の望みがある。だから挫けず、前を向いていこうというような歌です。

── そのために保護司も重要な役割を担っている。社会復帰を支援する欠かせない存在といえます。
鳥羽さん:近年、保護司の数が減っているそうです。全体の8割は60歳以上。高齢化が進み、担い手不足になっている。状況の改善を願うばかりですね。
取材・文/百瀬康司 写真提供/鳥羽一郎