クマのお味は意外とジューシー
── クマの肉はどんな味がするのでしょうか?
蛯原さん:それほど臭みもなく、意外と食べやすいです。かなり脂がのっていて、鍋にすると1センチくらいの脂の層ができるのが特徴です。わりとサラッとした脂で、私はマタギから「この脂がおいしい」と教えられ、それが当たり前だと思っています。でも脂がきついと言う人も多いです。クマを食べなれない人は、脂を煮こぼしてから食べるそうです。チャーシューにしてもおいしいですよ。
クマはすべて自家消費しています。でも、有害捕獲で獲られたイノシシやシカは、数が多すぎて…。消費が追いつかない場合は廃棄されてしまいます。もっとジビエとして流通させる方法があればいいのに…と思います。でも、一般に流通させるには、一定の質を保って安定した量を供給する必要があるから難しいんですよね。

── 言われてみれば、必要な量を確保するのが難しい年もあるはずですよね。
蛯原さん:マタギになるまでは、1年を通してスーパーで一定の品質の肉や魚が供給されているのが、ふつうだと思っていました。でも、マタギになり野生動物を食べるようになると、その年の山の状況によって、肉質が変わると気づいたんです。
秋に木の実がよく成った年は、クマもたくさん食べるから皮下脂肪をたっぷりたくわえ、脂がのっています。イノシシやシカも同じです。秋から冬にかけては脂がのっていますが、夏は逆に脂がないので味気ないです。食べるもので体が変化するのは当たり前のはず。
でも、現代の日本に生きていると、同じ動物ならいつも味も同じと考えがち。毎年、肉質が変わることのほうに驚いてしまうんですよね。物に不自由しない便利な世の中になったのは、たくさんの人が努力をしてくれているおかげです。いっぽうで、管理が行き届くあまり、人間も自然のなかで生きていることを忘れてしまった気もします。
── もしかすると、自然との向き合い方を見直すタイミングに来ているのかもしれません。
蛯原さん:そうですね。もしイノシシやシカの肉が一般に流通した場合「今年もジビエが楽しめる季節になったな」「その年によって肉の味が違うのは当たり前。今年はどんな味だろう?」と、受け入れてもらえたらといいなと思います。
そして、一人ひとりが自然のなかの一員だと考えるようになると、環境は変わってくるのかもしれません。クマが出現しやすい原因のひとつに、山と町の境目がなくなっていることも挙げられます。以前は林業や農業に携わる人が、草刈りをしたり木を間引いたりすることで、山の手入れができていたんです。住民もいまよりもっと山を利用することが多かったですし、人里の周囲はヤブもなく、見晴らしがよかったです。だからクマも人身を隠す場所がありませんでしたし、人に気づけば逃げていきました。自然と「ここから先は行ってはいけない場所だ」と理解できていて、境界が守られていたんですね。
それが最近は山の利用が減り、高齢化も進んでいるから、手入れをする人が少なくなりました。山がどんどん荒れているんです。境界を守るためには、山を手入れする必要もあります。たとえば、その土地に住んでいる人みんなで協力し合って山際や川沿いのヤブを刈るなどすれば、状況も変化するのではないかなと思います。山と里の境目は明確になるし、一部の人だけが負担を負うことがなくなります。自分たちの土地は自分たちで守るという意識が大切です。それが町を守ることにつながると思います。
取材・文/齋田多恵 写真提供/蛯原紘子