メイク姿にギャン泣きした息子が「サーカスオタク」に

── 現在4歳の息子さんは、母親の仕事についてどのくらい理解していますか?
池田さん:コロナ禍が終わってツアーに戻ったときはまだ1歳だったんですが、息子が夫に連れられて仕事場に来て、舞台用のメイクをしている私に初めて会ったときは大変でした。「だ、誰…??」みたいにギャン泣きされてしまって…。
── たしかに特殊なデザインのメイクですよね。
池田さん:お母さんの匂いがして声もするのに、あのメイクでは誰なのかわからないんですよね(笑)。あまりにも泣いてしまうので、同僚たちが息子をあやそうと集まってくれたんですが、その人たちもメイクをしているので、トラウマになってしまわないか心配するほど泣いてしまいました。
でもメイク姿の私を徐々に受け入れてくれて、それからは私のショーを熱心に観るようになりました。最終的には「サーカスオタク」になるほど、ショーが大好きでたまらなくなったようです。先日スペインで6週間のツアーがあったときは、毎日のように観に来てくれて、音楽からセリフまで全部覚えました。関係者の家族だけが入れるバックステージから観ることもあり、後ろの方の動きまで細かいところも覚えてしまうほど大好きみたいです。
── シルク・ドゥ・ソレイユのショーが息子さんの心を動かしたんですね。
池田さん:実はツアーで世界中を一緒に回ることについて、罪悪感をおぼえることがありました。拘束時間が長く、土日も仕事。最初のころは保育園が替わるたびに泣いてしまう息子を見て「私の仕事のせいで…」と思うこともありました。でも、これだけサーカスが好きになってくれたなら、意味があったと思えるようになりました。
── 変化の多い生活も徐々に受け入れてくれるようになりましたか?
池田さん:最初は転園するたびに「この世の終わり」のように泣いていたのが、「また新しい学校ね!オッケー!」という感じになり、最終的には泣かなくなりました。変化があっても大丈夫なんだ、と理解してくれたのだと思います。
大変なことも多い生活ですが、家族で各国を巡るなかで、それぞれの教育や、暮らしに触れられたのは本当に貴重な経験でした。息子には、いろんな国の人が周りにいるのが当たり前だと感じられる、そんな多文化や多様性への価値観が、大人になっても自然に残っていてくれたらうれしいですね。
…
家族とともに世界を巡りながら、母として、パフォーマーとして全力で走り続けてきた池田一葉さん。その日常のさなか、まさかの病が彼女を襲います。公演中に受けた「乳がん」の告知──。しかし、死の恐怖と向き合うなかで、老化や下り坂であることすら愛おしいと感じるようになったそう。闘病当初は「ショーにはもう戻らないんだろうな」と思っていたそうですが、夫のあと押しもあり、今年の春に舞台に復帰しています。
取材・文/石野志帆 写真提供/池田一葉 サムネイル画像/Chih min Tuan