「あれ?クーラー効いてる?暑いの私だけ?」52歳のころから更年期症状がはじまったと語る松嶋尚美さん。2人の子育てと同居する母の介護に、自身の不調も始まって── 。(全4回中の3回)

 大丈夫だよ、私引っ越しするよ

松嶋尚美
中学1年生の息子と小学5年生の娘、2児の母の松嶋さん

── 2020年に松嶋さんの妹さんが倒れたことをきっかけに、妹さんが介護していたお母さんを大阪から東京に呼び、松嶋さん家族と同居することになりました。当時、息子さんはインターナショナルスクールの小学4年生、娘さんは公立の小学2年生だったそうですが、同居にあたり、お子さんたちへの影響はありましたか?

 

松嶋さん:母と同居するまで、息子はまだまだ甘えたがりな感じでした。「学校にも送って欲しいし、迎えにもきてほしい」と言っていて「ララ(娘の名前)見てみい。ララは1人で学校に行ってるよ」とよく諭していたんです。でも母との同居が始まると、私たち夫婦も初めての介護であたふたしていたし、同居した当初は母のトイレの数も頻回で、夜中も何度も母をトイレに連れて行っていたので、まともに眠れなかったんです。たぶん、息子も子どもながらに空気を察したのか。学校にも通っていたサッカー教室にも「ママが大変そうやから」と1人で行くようになりました。

 

また、今まで子ども中心の生活でしたが、これからはそうもいかない。子どもたちにも「あんたらだけに構うのが難しいので、自分で考えられることは自分で考えて行動して」と伝えました。でも、今まで少々過保護すぎたような気もしますし、母が来たことによって子どもたちの自立を促せたならいいなと思います。

 

── 娘さんはいかがでしたか?

 

松嶋さん:娘は、学校について悩みましたね。母と同居を始めたときに住んでいたマンションはエレベーターがなく、室内の段差も気になって。介護するには大変だったので、引っ越すことにしたんです。息子はインターナショナルスクールに通っていたので転校しなくてよかったのですが、娘は公立の小学校に通っていたので、距離の問題があって、転校せざるをえなくなりました。でも、娘は幼稚園から小学校に上がるとき、娘に合った学校に進学させたくてみんなと違う区域の学校に入ったんです。小学校は幼稚園からの友達がいない状態でスタートしたのと、さらにコロナ禍の影響もあって、少し友達ができるのに時間がかかったんですよ。でも、1年生の終わりくらいからポツポツ友達も増えてきた頃に転校することになってしまって。娘に「つらいよね?どうしようか」と聞いたら「大丈夫だよ。私、引っ越しするよ。こっち(介護)の方が大事じゃん」と言ってくれて。娘の成長も感じながら引っ越すことになりました。