「寝不足がゆえに夫婦でぶつかってしまう朝も」
── 会食などで、帰宅が遅くなる日もありますよね。
島村さん:そうですね。終電で1時ごろに帰宅して1時半に寝たときに限って、夏斗が4時半に起きたりもするんです。そんなキツすぎるときに辿り着いたのが「偉人はショートスリーパーの人が多いぞ。8時間寝て元気いっぱいで過ごすよりも、睡眠が4時間でも平気な人になれれば、ほかの人よりも4時間多く成長できるぞ」という考え方で(笑)。毎日3時間リモコンを渡され続けると、イライラして頭がおかしくなりそうになるので、偉人を目指すことでストレスを逃がしていました。
でも、まだまだ偉人には程遠いなと感じることがあります。妻も毎晩、睡眠障がいと向き合ってくれていて寝不足のまま起きてくるので、ときにはお互いに余計な発言をしてぶつかってしまう朝もあるんですよ。どの家庭にもあるような出来事でも、寝不足がゆえに沸点が低くなるときがあるので「こういえばよかったなあ」「なんでこれ言っちゃったんだろうなあ」と反省しながら過ごしています。そもそも、夏斗は好きで夜中に起きているわけじゃないし、ましてや妻もイライラしたくてイライラしているわけじゃないんですよね。睡眠障がいに耐えたり許容したり、ぼくの伝え方や行動で夫婦のスパークを減らしたり(笑)、もっとうまくできるようになりたいなと思っています。
── 心身が疲弊しそうなとき、ご夫婦それぞれのリフレッシュ法はありますか?
島村さん:妻は、K-POPにハマるようになりました。今までは子どもたちのお世話で自分の時間を作る余裕がまったくなかったのですが、娘が保育園の年長クラスになり、夏斗も特別支援学校のあと放課後デイサービスに通うようになったので、仕事や推し活も少しできるようになってきて。数か月に1度、「ご褒美でライブに行ってきていい?」と聞かれると「すごいいいじゃん!もちろんフルオッケーだよ」という感じで(笑)。最近は娘も同じK-POPアイドルにハマり始めていて、「グッズを買いに行こう」「動画を見よう」とママと一緒に楽しんでいる様子を見るのもうれしいです。
ぼくには趣味はないのですが、仕事が本当に楽しくて。ベルマーレのよさをアピールしてスポンサー料をいただくという営業の仕事にものすごくやりがいを感じますし、長く選手をやってきたからこそ話せることもたくさんあります。イベントなどでスタジアムに行くと、立場が変わっても昔から応援してくれていた方々が声をかけてくれますし、スクールコーチとして子どもたちと接する時間も本当に大切な時間です。

──「長期療養児」と呼ばれるお子さんに湘南ベルマーレの選手として入団してもらう「TEAMMATES」という事業のプロジェクトリーダーもされているんですよね。
島村さん:はい。入社してすぐのタイミングでこのお話をいただきました。引退したばかりだったので、現役選手とスタッフ間のやりとりを円滑に行えそうだということや、当時の社長が息子の障がいについてご存知だったこともプロジェクトに関われた理由かもしれません。
プロジェクトには、小児がんを抱えるお子さんや2年間歩けない病気のお子さんが参加してくれていて。やはり普通の生活ではないし、不安でいっぱいだろうし、人からの視線が気になることもあると思います。病気と障がいは異なりますが、お子さんや親御さんと接する際には、ぼくが夏斗の支援学校やデイサービスで得たことを少しでも活かして、寄り添ったり応援したりさせていただいています。
──支援学校やデイサービスで得たこととは、どのようなことでしょうか?
島村さん:1つ目は、言葉です。たとえばですが、子どもに関して話すときに「あの子って、発達がグレーだよね」と言うよりも「発達がゆっくりだよね」と言うほうがあたたかみがあるじゃないですか?支援学校やデイサービスの先生、障がいを持つ子の親御さんは言葉選びがとても素敵なので、ぼくも常に学ばせてもらっています。
2つ目は、初めから病気の種類を全部知っていなくてもいいということです。夏斗は言葉を話しませんが、支援学校へ送るときに様子を見ていると、自分から先生のところへ行ってすごく懐いているんです。それは、普段から愛情を注いでもらっているからこそだと思うんですよね。病気への知識を深めて「この病気にはこう対応すればいいんだ」というマニュアル的なことではなくて、親御さんとの対話の中で、個人個人の特性を知っていくことのほうがより大切なんだと感じました。
スクールコーチの仕事のときも同じです。何百人ものお子さんを指導していると、ときには成長がゆっくりな子がいて。親御さんは「みんなできているのに、うちの子だけできていなくてごめんなさい」と心配そうに言うのですが、ぼくはいつも「今みんなと同じようにできていなくても全然いいじゃないですか」とお伝えしています。夏斗が診断を受けたときに「もしかしたらずっと歩けないかもしれない」と言われたのに今歩けているように、一人ひとりが日々成長していて、一人ひとりに発達段階があると思うんです。前職がサッカー選手だったからサッカーを指導するというだけではなく、親御さんの心にも寄り添いたいと思えるのは、夏斗を育てているからこそだと思います。
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アンジェルマン症候群を持つ夏斗くんについて、SNSでも発信している島村さん。かつては、サッカー選手だったがゆえに「息子さんにサッカーをやらせているんですか?」などと質問を受け、返答に困ったことがあったそうです。しかし、投稿を続けることで、今ではスタジアムに連れて行くと「あー、夏斗くんじゃん!」「妹のサラちゃんじゃん!」とサポーターの方々から声をかけてもらう機会も増えたようです。
PROFILE 島村毅さん
1985年8月10日生まれ。早稲田大学卒業後、湘南ベルマーレに加入。ファン、サポーターから「湘南乃虎」の愛称で親しまれ、11年間のプロ生活を送った。現在は、湘南ベルマーレのフロントスタッフとして営業職とスクールコーチを担当。夏斗くんの育児経験を生かし、長期療養児自立支援事業のプロジェクトリーダーも務めている。
取材・文/長田莉沙 写真提供/島村毅、湘南ベルマーレ