憧れの職業についたときに見えたのは、家業に停滞感を感じていた父の背中でした。CAをしていた鈴木みどりさんは、父を支えたい一心で未経験の業界へ。そこで、聞かされた父の言葉に奮起し、誰も思いつかない商品を開発するのです。(全2回中の2回)

このままでは父の努力は水の泡になってしまう

── 米ぬかの成分を配合した画期的なアイデアで話題の靴下「歩くぬか袋」。奈良県に66年続く鈴木靴下のオリジナル商品です。その取締役を務めるのが、現社長の娘で3代目の鈴木みどりさん。もともとCA(客室乗務員)をされていたそうですが、家業を継ごうと考えたきっかけは何だったのでしょう?

 

鈴木さん:CAを辞め、地元に戻って10年がたちます。当時は父が、米ぬかソックス「歩くぬか袋」の販売を苦戦を感じていたころでした。父が長年かけて作り上げた唯一無二のソックスです。ただ、いいものは作れても、それをうまく世間に伝えられていなかった。パッケージひとつとっても、少し古めかしく見えてしまったりして。そばで見ていて、ちょっともどかしさを感じていたんです。商品の良さをもっと多くの人に伝えたいと考えていました。

 

── とはいえ、CAといえば、世の女性にとって憧れの職業でもあります。辞めるうえで葛藤を感じることはなかったですか?

 

鈴木さん:CAを辞めたのは3年目の終わりで、葛藤はたしかにありました。ただ、もともと自分の中で「ビジネスクラスでの接客の円熟」をひとつの目標として立てていて、3年経ったとき、それがある程度できた自覚がありました。同時に、夫との結婚が決まったりと、いろんなタイミングが重なったときでもあって。でも、何より父の力になりたい想いが強かったんです。

 

鈴木みどり
CAとして働いていたころの鈴木みどりさん

父が米ぬかソックスの開発を始めたのは私が高校生のときで、試行錯誤する姿をずっと見てきました。ようやく商品が完成し、東京の量販店に売り込みに行っても、うまくいかなくて。商談先に相手にされず、「東京駅のゴミ箱に頭を突っ込んで吐いてます」なんて、電話が来たこともありました。私が受け継がなければ、父の努力が水の泡になってしまう。私に何ができるかわからないけど、とにかく父のそばにいたい気持ちがありました。CAという職業に対してのこだわりより、父の支えになりたい気持ちが大きくて、退職を決めました。