正解はない。生きやすい方法を選べばいい

── ADHDと診断されたときはどのように感じましたか?
藤本さん:ショックではありましたが、どこか気は楽になりましたね。締切がなかなか守れなかったり、優先順位をつけられなかったりすることで生まれる、さまざまなストレスの原因はこれだったのかと。そこからは対策はしっかりしつつ、過度に自分を責めないようになりました。以前はなんでこうなるのかと考えて結論が出ないことに疲れていましたが、ひとつ考えることが減ったというか。「なんでできないの?」は考えても仕方がないと割りきって、「だったらどうしたらいいか」という対策について考えるようにしました。
── 対策とは具体的にどういうことをしているのですか?
藤本さん:役に立っているのが「ルーチンタイマー」というアプリ。朝起きてから出かけるまでの1時間のルーティンを、「5分後に歯を磨いてください」などアプリが教えてくれるんです。その通りに行動することで、次になにをしないといけないかを見失わずにすむようになりました。
ルーティン以外では、たとえば何か予定があるときは、スマホのカレンダー機能で1時間前に通知が来るように設定しています。その1時間で準備ができるので、これまでみたいにバタバタと準備していろいろ忘れ物をする、ということが減りました。ゴミ収集日は前日に通知を設定していますね。
ほかにも、カバンを変えても忘れ物をしないように、バッグインバッグにして中身をそのまま移し替えるようになりましたし、冷蔵庫にジュースやお茶がどのぐらい残っているか覚えていられないので、ウォーターサーバーも導入しました。

── ほかにも日常生活でなにか意識していることはあるのでしょうか?
藤本さん:表現が難しいのですが、自分を俯瞰的に見るように心がけています。ADHDの自分の分身がいて、僕はその人といっしょに生活をしている。そんな設定を演じるように生きることで自分を責めるのではなく、できることを冷静に考えやすくなった気がしています。
僕はADHDと診断されてからたまたま動画でそのことを話しました。すると、「ファッションADHDだ」とか「誰にでも当てはまること、病気じゃない」など否定的な意見も多かったんです。それを聞いたときに、たしかに知らない人から見ればもしかしたら僕も怠けているだけのように見えることもあるかもしれないと知りましたし、実際に自分がずぼらである可能性も完全には捨てないようにしようと意識しています。ADHDだからと自分を許しすぎてしまうと際限がなくなってしまうので。ほかにもご自身がADHDでこれまでにひどい苦痛に耐えてきた経験がある人からは「それくらいでADHDと言うな」「全然、病気のことをわかっていない」などの声もあって、そういうパターンもあるのかと驚きましたね。
── それはつらいですね。
藤本さん:どうやったらより深く理解でき、理解してもらえるのだろうかと今も悩んでいる部分はあります。「東大を出ているのにどうしてできないんだ」と言われても、サボっているわけではないんです。ADHDは普段生活しているうえで、見た目だけでわかるような障害ではありません。研究などが進めば、ADHDに対する客観的な指標などができて、もう少し生きやすくなるのではと思いますが、現時点ではそれは難しい。 どうしても誤解されがちなので、公表して理解してもらうか、隠してがんばるかは人それぞれ。どちらが正解ということはなく、生きやすいほうを選べばいいし、対策も人によって違うと思います。
個人的にいちばんいいと思うのは、自分を理解してくれる人を見つけること。ADHDの存在自体を信じない人も世の中にはいて、その人たちを説得するのって、天動説の時代に地動説を唱えるぐらい大変なことですから。その人を説得しないとどうにも前に進めないのであれば別ですが、一度立ち止まって本当にその必要があるのか、いったん自分の中で天秤にかけてみることも大切だと思います。
PROFILE 藤本淳史さん
ふじもと・あつし。1984年生まれ、京都府出身。東京大学卒業後にNSC吉本総合芸能学院に入学。コンビ「田畑藤本」を結成したが、2020年に解散。現在はピン芸人として活躍。大人になってからADHDと診断される。
取材・文/酒井明子 写真提供/藤本淳史