文部科学省によると、2023年度、小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は73万2568件と前年度から7.4%増加し、過去最多に(※)。いじめ問題を解決するために、私たち大人はどうすればよいのでしょうか。家庭や学校のリスク問題について、統計をもとに情報を発信し続ける名古屋大学大学院の内田良教授にお話を伺いました。
いじめの対応「担任任せ」な現状が解決を困難に
──「いじめ」の定義について、2013年9月に施行されたいじめ防止対策推進法によると「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とされていますが、もう少しわかりやすく教えてください。
内田教授:いじめ防止対策推進法が示す「いじめ」は、被害を受けた子どもが「傷ついた」と主観的に捉えたら、まわりの大人たちは「あなたは傷ついたんだね」と、まず受けとめましょうという定義です。実際にどの程度の被害なのか、加害者は誰か、事実認定の議論がされる前段階として、大人たちは傷ついた子どもがいることを受けとめるのです。

ただ、一方で、加害者側の子どもも、家庭の事情など何かの問題を抱え込み、苦しんでいることが想像されます。そういった複雑な状況なので、大人はまず最初に子どもの声をしっかりと聴く体制をつくっていくことが必要だと思っています。
ところが、現在の学校現場では、いじめの認定も、被害者と加害者への対応も、教員、特に担任が一手に担ってしまっているために解決が難しくなっています。だからこそ、スクールカウンセラーやスクールロイヤー、ソーシャルワーカー、警察など、外部の専門家・専門機関がどこまでどう関われるかの議論が必要です。
加害者が学校から離脱する仕組みの議論を
── 外部の専門機関が学校のいじめ問題に関わる体制はつくられつつあるのでしょうか。
内田教授:ほとんどつくられていないと思います。現時点では、被害者が学校から離脱しやすい状況になっています。社会的にも「学校に行きたくなければ行かなくてもいいよ」といった言葉がけが広がり、フリースクールで勉強をすれば出席扱いされるようになりましたし、他校に転校することも容易になっています。この背景には、学校側が被害者の気持ちを尊重して、少しでも安心して過ごせるようにと優先的に考えた結果です。このこと自体は、すごく大切なことです。一方で、加害者が学校に居残り続けていて、一度学校を休んだ被害者が学校に戻りたくても戻りにくくなっています。ものすごくおかしな状況ですよね。
本来、教育現場が率先してつくるべきだったのは、加害者が学校から離脱しやすくなる仕組みです。被害者以上に必要だったと思います。もちろん、あくまでもいじめが事実で明白に被害者、加害者が認定された後の話ですが。
── 加害者が学校から離脱する仕組みづくりについて、まだ議論はされていないのでしょうか。
内田教授:議論は始まってすらいないと思います。現在、加害者の離脱というと、別室登校と出席停止くらいです。別室登校は、加害者が数時間あるいは数日ほど別室で過ごして終わり、という被害者にとってはあまり意味のない処置になっていると思います。もうひとつの出席停止は極端な方法で、憲法に定められている三大義務のひとつである「教育の義務」すなわち子どもに普通教育を受けさせる義務を、学校側が子どもから奪いかねない重い処置になっています。
どの子どもに対しても公平であるはずの学校の現場だからこそ、加害者に対する処置を行うことがとても難しくなっているのが現状です。とても厳しい処置の出席停止でも週1〜2日くらい。そんな短い期間で一時的に加害者を隔離しても、被害者側が安心できるとは考えにくいですよね。
今後、加害者が学校から離脱する仕組みについて、早急に議論をしていく必要があると思っています。専門的には「オルタナティブ」と呼ばれるもので、加害者が学校から離脱する選択肢を増やすんです。
また、本来は加害者も心理的な支援や立ち直りプログラムなどにつなげる必要性があるはずなのに、それがまったくできていない状況です。世間では、加害者の厳罰化を求める声が多いですが、まずは「支援につなげる必要がある」とひとりでも思ってくれる人が増えるといいですね。「厳罰化し、道徳を押しつけて心を入れ替えさせる」といった考え方では、状況がよい方向に変わるとは思えないのです。
特に子どもの場合、加害者側は生い立ちを含め家庭の影響、悩みや課題を抱えていることが考えられます。福祉的なあるいは心理的なケアなど、どのような支援が必要か、議論していくことが必要です。