「子どもたちにどんな姿を見せたい?」悩んだ末に

──『歌スタ‼』では、2回目のチャレンジで見事合格しましたね。

 

木山さん:実を言うと、1回目で不合格になったとき、心が折れたようになってしまって。収録現場に子どもたちを連れてきていたのですが、僕が失敗する姿を見た子どもたちが全員泣いてしまったんです。それを見て、自分がいったい何をしたいのか、わからなくなってしまいました。もともと歌手になりたくて、子どもたちに自分が頑張る姿を見せたかったから挑戦したのに、結局は失敗をする姿を見せて泣かせて。自分が夢を追い求めることで子どもたちを傷つけてしまうなんて、自分は正しく生きられているのかと。多胡さんがせっかくもう一度挑戦するチャンスをつくってくれたのに、合格してやろうという意欲がまったく湧きませんでした。

 

そんなわけで、2回目の挑戦のときは現場に家族を連れて行かないつもりでいました。そうしたら前日の晩に多胡さんから電話があって。すごい剣幕で「子どもたちを連れてこないって、どうして?」と聞くんです。そこで「もうこれ以上、子どもたちを泣かせたくない」と答えたら、ものすごく怒られました(苦笑)。

 

木山裕策と家族
甲状腺がん罹患を経て、歌手デビューをつかみ取ったころの木山さんとお子さんたち

「木山さんは子どもたちに自分のどんな姿を見せたいですか?」と聞かれたので、自分なりに考えて、「今まで失敗が多い人生だったし、病気にもなっちゃったけど、それでも諦めずに頑張って勝つ姿を見せたい」と話しました。すると、多胡さんは「世の中はいつも勝てるほど簡単じゃない。メジャーデビューも、必要な要素が奇跡的に重なって初めて成立するものなんです。木山さんが子どもたちに本当に見せるべき姿は、大人が失敗する姿ですよ」と言いきったんです。

 

「もし2回目も不合格だとしても、大事なのは、その先です。人生をかけた夢が破れた後に、木山さんがどんな人生を選ぶのか。うまくいかないことをまわりのせいにするのか、諦めずにしつこく立ち上がって一歩ずつ進んでいくのか。後者は、もしかしたら、子どもたちにすごくカッコ悪く映るかもしれないけれど、最後の瞬間まで希望を信じて進み続ける、その後ろ姿こそ子どもたちに見せるべきではないんですか!?」と熱く語ってくれました。

 

── 多胡さんの言葉を聞いて、木山さんはどう思いましたか?

 

木山さん:僕はそれまでずっと「一度失敗したら人生が脱落する」と本気で思い込んでいました。1968年生まれのバブル世代で、当時は景気も右肩上がりでイケイケの時代。円高で、出生率も高くて、強い日本の中で育ったからだと思います。

 

実際のところ、僕の人生は挑戦と失敗の繰り返しで。失敗するたびに自分の人生を否定していました。会社でも勝敗にこだわっていたけれど、課長になった翌年に甲状腺がんになってしまった。「こんな自分が生きていていいのか」と深刻に悩むほど、自分の価値を下げてしまっていました。

 

だから、多胡さんは僕に「失敗しても人生は続く」と教えてくれたと思っています。たしかに病気がわかったあと奇跡的に命が助かって、夢に向かって最後の挑戦ができました。大切なのは、失敗も自分の体験として許してあげて、次に向かって前向きに生きていくことで、自分の人生を切り開くヒントになる。そうやって生きている大人の姿を子どもに見せるべきだと考えるようになりました。

 

デビューできたことはすごくうれしかったけれど、デビュー前の失敗から学んだことが、僕にとっては今の人生を生きる力になっています。

 

── 実際に『歌スタ‼』の2回目で合格した木山さんを見て、お子さんたちはどんな様子でしたか?

 

木山さん:泣いて喜んでくれました。子どもたちが喜んでくれる姿を見るのがいちばんうれしかったですね。家で何度も何度も練習をしている僕を見て、「どうしても歌いたい」という気持ちを理解してくれていたんだと思います。ただ、あんなにヒットするなんて1ミリも思っていなかった。デビューから17年たった今も歌えるなんて、自分でも驚いています。

 

 

病いを乗り越え、39歳で奇跡の歌手デビューを遂げた木山さん。とはいえ、4人の子どもを抱えて歌手一本に絞って活動するのは難しく、そこから怒涛の歌手と会社員の両立生活が始まったそうです。

 

PROFILE 木山裕策さん

きやま・ゆうさく。1968年、大阪府生まれ。2005年に甲状腺ガンの手術を受けて無事に成功。2007年、オーディション番組『歌スタ!!』に出演し、異例の2度目の挑戦で合格。2008年2月、家族をテーマにした楽曲「home」でメジャーデビュー。同年『第59回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。2020年、独立し、以来、作詞作曲も積極的に手掛けるなど活躍の幅を広げる。2024年10月、新アルバム『贈る歌』を発売。著書に『home 家族と歌が僕を守ってくれた』がある。

 

取材・文/高梨真紀 写真提供/木山裕策