アクシデントで腕が紫色でパンパンになって

── つらい気持ちを打ち明ける場所がないと、心がいきづまってしまいますよね。

 

音無さん:そう思います。その後、抗がん剤治療を受けたのですが、1度目の点滴の途中で、点滴が漏れるアクシデントがありました。腕が紫色になってパンパンに腫れあがり、痛くて上がらない。大きなあざになって1か月以上消えず、治療は1回でリタイア。すると今度は「再発するのでは?」という不安にさいなまれ、気持ちがどんどんふさぎ込んでいきました。「仕事をすれば元気になるかも」と周りに勧められ、NHKのドラマのオファーを受けたのですが、現場で監督とぶつかってしまったんです。

 

── なにが原因だったのですか?

 

音無さん:衣装合わせのときに、監督が役のイメージとして提案してきたのが、胸元の大きくあいたノースリーブだったんですね。手術跡を見られるのが怖くて「(胸元が見えない)こっちの服のほうがよくないですか?」と言ってみたけれど、うまく伝えられず、もめてしまって…。きっと事情を話せば理解してもらえたのでしょうけれど、どうしても言えませんでした。その後のリハーサルで、監督の態度が怒っているように感じ、「どうしよう…」と思っていたら、突然、声が出なくなってしまったんです。「ちゃんとやらなくちゃ」と思えば思うほど、声が小さくなり、セリフもうまく言えない。汗が止まらず、動揺した私はなんと部屋を飛び出し、そのまま家に帰ってしまったんです。

 

音無美紀子と村井國夫
2024年6月、八ヶ岳高原音楽堂にて。歌と朗読のコンサート「恋文~歌と朗読で綴る~」に夫婦で出演

── パニックになってしまったのですね。

 

音無さん:仕事をボイコットするなんて、それまでの自分には考えられないことでした。その後、マネージャーが監督に事情を説明すると、「話してくれればよかったのに…」とおっしゃっていたと聞き、やはり隠していたのがよくなかったのだと痛感しましたね。結局、体が言うことを聞かなくなり、ドラマは土壇場で降板。「ドタキャンしてしまった。もう復帰できないかも」と自分を責めて落ち込みました。

 

後に共演予定だった山本陽子さんから長いお手紙をいただきました。そこには、丁寧な文字で「つらかったね。大丈夫だよ」と私を気遣う温かい言葉が綴られていて、思わず涙が出てしまいました。