「甘え禁止」娘から受けるボイトレのスパルタ特訓も
── きっと愛のあるスパルタに違いありませんね。音楽系の大学に通われているゆーゆさんによるボイトレも受けてらっしゃるそうですね?
井上さん:まだうまく発音できなかったり、声帯の使い方を忘れてしまったりしているため、娘からボイトレの鬼指導を受けています(笑)。愛ある鞭で本当に厳しいんですよ。「もっと大きい声で!」と大声で指示されたり、「難しい」というと「気のせいです」と言われたり。体力も集中力もないから「やだ」って言うと「やだじゃないでしょ」って。
── たしかにスパルタですね(笑)。お母さんとしても歌手としても、井上さんをそばで見てきた娘さんだからこそ、わかる加減があるのかもしれませんね。
井上さん:それは間違いないと思います。「せっかくいい声帯なんだから、こうすると声が出しやすいよ!」とか、私も勉強になることもあって。というのも、小さいころから娘を友人のボイストレーニングに通わせてたんです。幼くても、どんなに疲れていても鬼のように「行きなさい」と言ってたんですけど、それがいま、私に返って来てます。彼女は忍耐強かったなぁと、される側になって思います。「小さいころに厳しくせず、もっと優しいママでいればよかった」なんて(笑)。
夫にも言われたのですが、私は特訓して歌がうまくなったわけじゃなくて。どちらかというと勘で歌ってコツをつかんできたところがあるので、人に歌い方をうまく教えられないんですよ。娘に教えるときも「できるよね?」というけど、娘はわからないといった具合で。でも逆に、娘は先生について、メソッドに従ってしっかり学んでいるので、的確なんです。習った後は確実にうまくなる。声の出し方のコツを教えてくれたり。口の形はこうとか、ここを響かせるとか。そのおかげで、倒れる直前よりももっと昔の声に近くなっていきました。やはり娘は私の歌い方をよく見て聞いて知ってますから、目指す完成形がイメージできているわけです。
娘は、私が倒れてから代理でコンサートをする機会も増えて、私の歌い方をシミュレーションしていてめちゃくちゃ研究しているんです。なので、自分の歌を完コピした娘に自分の歌い方を思い出させてもらっている状態です。
── 厳しくも愛のあるご家族の支えがあって、今の回復があるんですね。
井上さん:厳しいふたりがいないと甘えてしまうんで、間違いないですね。家族には本当に感謝しています。この病気になって思うのは、生きるって、今まで気づかなかっただけで、うれしいこととかささやかな幸せってたくさん身の回りにあるということ。当たり前なものなんてないんですよ。病気のおかげで当たり前だと思っていたことをありがたいなと感じることができるようになりましたね。
PROFILE 井上あずみさん
いのうえ・あずみ。歌手。石川県金沢市出身。83年にデビュー。86年、スタシオジブリ・宮﨑駿監督作品『天空の城ラピュタ』ED挿入歌『君をのせて』に抜擢。続く『となりのトトロ』では『さんぽ』『となりのトトロ』『おかあさん」『まいご』など、主題歌・イメージソングを数多く歌う。2023年、歌手デビュー40周年コンサート当日に脳出血で倒れ闘病。リハビリを続けながら2024年11月にステージに復帰した。娘は歌手の今尾侑夕。
取材・文/加藤文惠 写真提供/井上あずみ