ジブリ映画の楽曲『君をのせて』や『となりのトトロ』を歌う歌手・井上あずみさん。昨年8月に開催予定だった自身の40周年コンサートの当日、リハーサル中に脳出血で倒れ、緊急搬送されました。手術、そして過酷なリハビリなど、この1年を振り返ってお話を伺いました。(全4回中の3回)
『君をのせて』を歌うところでろれつが回らず
── 40周年コンサート当日、リハーサル中に脳出血を発症なさったそうですね。当時の状況を教えていただけますか?
井上さん:もともと高血圧で薬を飲んでいたのですが、それを飲むと眠たくなってしまうので「コンサートをシャキッとやりたい!」という気持ちからその日は薬を飲まなかったんです。気持ちが高ぶり、前夜は寝られないままコンサート当日を迎え、午前中にリハーサルしているときに立ったり座ったりするたびにガクッとなって。「なんだかいつもと違うな」と思っていたんですけど、最後に映画『天空の城ラピュタ』のエンディング曲『君をのせて』を歌うところでろれつが回らなくなりました。
同じステージに立つ予定だった娘(歌手の今尾侑夕さん)が「ママ、ろれつが回ってないよ?」と駆け寄ってきて「え?ほんとに?」と言ったところで急にフラっとして、頭が痛くなり…マイクを床に置いて座り込むように倒れました。あるスタッフはフィナーレの演出かと思ったというくらいゆっくり座り込んでマイクを置いたそうです。「高額なマイクを落としちゃいけない!」と、とっさに思ったんでしょうね(笑)。
── 娘で歌手の今尾侑夕さんがじんそくかつ、的確に現場を仕切ってくれたおかげで病院へスムーズに搬送されたそうですね。
井上さん:そうなんです。といっても私は記憶がないので、娘やマネージャーの夫に聞いた話になるのですが、ちょうど熱中症が多い季節で、119番にかけても救急車がなかなかつかまらない状況だったそう。どうにか電話がつながり、救急車を呼んでくれました。救急車が到着するまで、娘は「何時何分嘔吐」とか全部記録して、救急隊の方に報告したそうなんです。「医療関係者の方ですか?」と言われたくらい、冷静に現場を把握して対応してくれた娘には本当に感謝しています。
── 緊急時にそこまで落ち着いて対応できる人はなかなかいませんよね。19歳の若さでやってのけるとは素晴らしいですね。
井上さん:救急車内でもなるべく意識を保つように、ずっと声をかけ続けてくれたようで、意識がないなかでも娘の声には反応していたそうです。私は「私の代わりに歌って!」と何度も言葉をかけたようで、そのことはうっすら覚えています。
コンサート会場では「せっかくお客さんがいらっしゃるので、代わりにゆーゆでやりますか?」という話も交わされたようですが、さすがに私の周年コンサートなので誰かが代わりではできないと会社も判断し、中止にさせてもらったと聞きました。地方から来てくださっている方もいるなかで、本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。数日後に目が覚めたときの第一声で「ゆーゆ!ちゃんとできた?やってくれた?」と聞いたくらいでした。
左半身麻痺の後遺症でリハビリ生活が始まって
── 搬送されてから、脳出血の経過はどのようなものだったのでしょうか。
井上さん:病院では内視鏡で血だまりを除き、処置をしてそのまま2日くらい眠っていたようです。手術を終えた段階で命の危険はなくなりましたが、脳は部位によって後遺症が千差万別で、この先どうなるかは手術後にはわかりませんでした。先生も「どこに支障が出るかは、これからリハビリをするなかでわかってくることです」と。
── 左半身に麻痺が残り、リハビリ入院がスタートしたとのこと。
井上さん:最初の病院は2週間で退院し、そのあとリハビリで別の病院に5か月間入院しました。自分でトイレに行けないのがつらかったですね。歩くとよろけてしまう、手が不自由で両足で立って下着やズボンをおろすのが難しくて。実を言うと、入院が長くて鬱のような症状になりかけました。毎日のリハビリが思うように進まず「ここにいてもいいことない!」と弱音を吐きたくなって…。早く人前で歌いたかったですし、自分でやりたくてもできない歯がゆさやつらさで泣くこともありました。
そんな私を見て夫は「このままじゃダメだな」と考えて、退院の目標を決めてくれました。「今の状態で帰っても困るだろうから、歩いてトイレに行けたら帰ろう」と。不思議と、そこからめきめきと元気になっていきました。とてもいい病院でしたけど、やはり思うように体が動かないのはストレスでしたね。退院してからのほうが圧倒的に元気になりました。うちに帰ると夫も娘も超スパルタで「車いすが欲しい」と言っても出してくれない。「甘えは禁止です」とさんざん歩かされて。それはそれでつらかったですけど(笑)。