川の上でサンドイッチを食べて練習を続ける幸せ
── フリースタイルカヤックを始めて7年後の2011年にワールドカップに出場、2012年、世界選手権で銀メダルを手にしています。
高久さん:会社員時代は、年100日以上のペースで日本全国の川をめぐっていました。競技に専念するため10年働いた会社を退職し、ますますカヌーにのめりこんでいったんです。だんだん日本より水深が深く、フリースタイルカヤックに適している欧米の川で競技してみたくなって。思いついたのが、世界大会の挑戦です。大会に出場したらモチベーションも上がるし、海外の川でカヌーに乗れます。勝つことより「もっと漕ぎたい」 というのが世界大会出場の動機ですね。
ただ、2011年に出場したワールドカップでは世界の壁を感じました。世界大会に出場するのは欧米の方がほとんどで、アジア人はほとんどいないんです。圧倒的な強さや技を身につける必要があると思いました。そこで、まずは翌年の世界選手権でいい成績を取ることを目標にしました。
2012年の世界選手権のときは1か月半くらい前に現地入りし、試合に向けたトレーニングを行いました。私は関係者の間で「あの見知らぬアジア人は何者?」と、うわさになっていたようです。というのも、最高の環境でカヌーに乗れるのがうれしくて、朝から晩までずっと川に入っていたからです。他国の選手はコーチがつき、練習プログラムも管理されています。それに対して私は休む間も惜しくて、昼食もカヌーに乗ったまま持参したサンドイッチを食べるような状態でした。1日中、朝から日没まで漕ぐ選手は他にいません。でも、おかげで銀メダルを手にしました。思う存分漕げたうえに、いい成績を残せて応援してくださる方が喜んでくれたのが本当にうれしかったです。
── 世界では無名だった高久さんが世界大会に出場し、銀メダルとは!マンガのようなストーリーですね。
高久さん:私がカヌーを始めたのは22歳のとき。決して早いスタートではありません。しかも日本では、フリースタイルカヤックはマイナー競技です。コーチもいないから、自分よりレベルの高い人にアドバイスをもらいながら練習します。自分のレベルが上がっていくと、新しい技を習得するにはひとりで試行錯誤するしかありません。
私はとにかく川で練習して体で覚えるタイプ。筋トレする時間も惜しくて、とにかく練習しまくっています。さいわい、どれだけ練習しても大きなケガはありません。海外では選手をケアするトレーナーに見てもらったときには「これだけ漕いで故障をしないのは、あなたくらいよ」と言われました。どうしてケガをしないのか、わからないんです。子どものころから体を動かすのが大好きで、運動ばかりしていたおかげかな?とは思っています。
日本で「私くらい漕いでいる人はいない」と感じていましたが、さすがに世界にはもっと練習している人がいるだろうと思っていました。でも、世界中を見渡しても、私が一番練習しています。これだけ夢中になれるものと出合えたのは幸せだし、体力が続く限り、競技に取り組みたいと思っています。
PROFILE 高久 瞳さん
たかく・ひとみ。1982年生まれ。東京都出身。フリースタイルカヤック選手。社会人となった22歳の夏からカヤックを始めた。2011年度から国内大会に出場し始める。2012年度には日本代表選手となりワールドカップへ参戦開始、2013年度にはワールドチャンピオンシップでK1種目で銀メダル獲得。2019年、ワールドチャンピオンシップで念願の金メダルを獲得。2024年5月のW杯シリーズで金メダルを獲得。
取材・文/齋田多恵 写真提供/高久 瞳